二ノ章 あい言葉 二

 海の上にぽっかりと浮かぶ日の国。この国を治める帝が住まう京の都は、日の国の中心とも言える土地だ。国の中心として賑やか且つ華やかな文化の発展を見せる一方、古来より保たれてきた伝統が深く根付くこの土地には、清らかで強い力の源—龍脈りゅうみゃくと呼ばれるものが存在している。故に昔から、その龍脈から溢れる力に惹かれた妖怪達が度々この土地を襲い、災厄を撒き散らしてきた。

 それらを防ぎ、対処する役目もまた陰陽師一族が担っている。現在陰陽師一族は大きく五つの家に分かれて存在し、東西南北、そして中央と分担して京の都を守護している。

 その中で東の地を司り、陰陽師一族の中で最も強い勢力を誇る守門すもん一族の屋敷。その隅に造られた大きめの部屋の真ん中に敷かれた布団の中。そこには5日間熱にうなされ続け、すっかり弱っていた青葉の姿があった。額には冷たい水で湿らせた布が乗せられ、顔はほんのりと赤く、時折息苦しそうに咳込んでいる。

「ほんっっとに酷い病弱っぷりだよなー青葉は」

 青葉しかいないはずの空間に、不意に呆れたような声色をした幼い少年の声が響いた。青葉が声の主を探して自分の胸の上に目線をやれば、そこには頬杖を突き腹這いになりながら自分を見つめる、掌に収まるほどの小さな童がいた。浅葱あさぎ色をした長い髪に、青葉と同じ意匠の服を身に纏ったその童は、口こそ生意気なものの、風貌は青葉によく似ている。

「そんなにしんどいのにわざわざおれらを召喚する必要ねーじゃん。大人しく寝てろって」

「一人じゃしんどいからこうして召喚したの。寝てれば楽になるものでもないんだよ…」

 生意気な言葉の応酬に青葉は必死に言い返すも、ゲホゴホと激しく咳込みもぞもぞと布団を被り直す。童は嘆息しふわりと宙に浮かぶと、青葉の胸の上から額へ移動し、ずれた布を直した。口は悪くとも、それなりに青葉のことを心配しているらしい。

「これじゃ霊力の無駄遣いだろ。その霊力を免疫力に変えられないのかよ?」

「できていたら苦労しないよ」

「そもそも、その無駄に高い霊力に体力を全部持ってかれちゃったんでしょう?」

 先程まで浅葱色の童が座っていた胸の上に、今度は別の童が正座のまま座り込んでいた。浅葱色の童とほぼ同じ大きさで、浅葱色に代わり菖蒲あやめ色の髪が目を引く。出で立ちは浅葱色の童とほとんどの同じもので、違いと言えば性別くらいだ。風貌は幼い少女であるにも関わらず、落ち着いた物腰と口調はその姿とは不釣り合いでもあった。

 陰陽師は大抵、一人で一体以上の式神を使役する。青葉の周りに現れた二人の童は彼の式神だ。先に現れた童は浅葱。続いて現れた童を菖蒲と言う。一般的な式神は動物の形を取り、主には絶対服従の姿勢でいるものだが、彼の式神の場合は独立した意思と心を持ち、指示もなく自ら思考し自由に動くことができる人型、という完全に規格外の存在だった。

 このような式神は、彼しか創ることができない代物だ。若干十一歳の子供にして、異常ともいえる高い霊力とそれを操る才能を持つ陰陽師は、彼以外日の国中探したところでいないだろう。それゆえ「神童」と呼ばれることもあるが、菖蒲の言う通り彼は体力の面において、これでもかというほど病弱だった。そのため幼いころから病床に伏していることが多く、他人と交流する機会も少なかった青葉はその孤独を紛らわすために、彼らのような人型の式神を創り出した。閉ざされた人間関係の中で生きざるを得ない青葉にとって、式神は家族や友人に代わる存在であり、彼らと共にいる時だけ、気を許すことができた。

「おかえり、菖蒲。どうだった…?」

 青葉は視線だけを菖蒲にやりながら尋ねる。すると、彼女の表情は少しだけ神妙なものとなり、青葉の耳元に滑り込んで小さく呟くように言った。

「さっき見た様子だと、姉様あねさまは相当にお怒りみたい。明日にでも任務に就かせると言っていたわ」

「やっぱり」

「でも無茶よ。まだ熱も下がりきっていないし、仮に下がっても病み上がりの状態で任務なんて。無事にこなせたとしても、また翌日には倒れてこうして布団の中にいるのがオチよ」

 菖蒲の言うこともわかるけど。と言いつつ、青葉は力なく首を横に振った。

「でも、五日間任務を離れたのは確かだから。休んだ分は取り返さないと…。大体、姉上にそう言われたら、行かざるを得ないし」

「そもそもあと1日でこの熱を下げられるのかよ?5日経ってやっとここまで落ち着いたのに」

「下がってなくても行かされると思う」

 真顔での青葉の返答に、「うげ」と浅葱が呻く。その反応に、青葉も小さく苦笑を溢した。

 陰陽師の大家、守門一族の当主の息子として生まれた青葉には、仕事で多忙な父、自分以上に病弱な母に代わり面倒を見てくれる十歳離れた姉、朱葉あげはがいる。とはいえ彼女も今は当主の頼れる右腕として活躍しており、青葉がされるのは面倒と言うよりは、説教か陰陽師としての修業ぐらいなものだった。優しくされた記憶など1つもない。家族というより、むしろそれは師弟の関係に近い。ゆえに彼にとって、家族はひどく疎遠な存在だった。

「まあ、いざとなったらおれ達が何とかしてやるからな。安心しろ青葉」

 上から目線に、ふんぞり返るようにして浅葱がそう言い放つ。

「それに、あの方にも早く会いたくて仕方ないんでしょう?」

 菖蒲が呆れたように、それでいて慈悲のこもった笑みを浮かべながら言う。青葉はうん。と小さく頷いた。

「僕からまた会いに行くって約束したんだから、こんな所でいつまでも寝込んでいるわけにはいかないよね」

「そう思うんだったらさっさと治すんだな。ほら、薬だ薬!」

 浅葱は意気揚々と言うと、どこから取り出したのか等身大の瓶を抱え持ち、その瓶口を青葉の口へ有無も言わさず突っ込んだ。中身は強烈に苦い薬だった。


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