AM11:35

「……あ」


 と、チャイムが鳴った。校舎の時計に目をやると、時刻は11時35分。4時限目開始の合図だ。


 気が付けば、あれだけいた野次馬達が影も形も見えない。俺は先輩に尋ねた。


「あの。俺のクラスのヤツら、知りませんか?」

「え? さっき、教室を出て行ってたわよぉ? 2年5組は次、移動教室だもの」


 そうだ。4時限目は理科の選択授業で、科学と物理と地理の三択。そのいずれも専用の教室があるので、基本的に移動教室なのだ。


 まぁ、それは分かる。けれど俺は地味にショックを受けていた。


「……湯川の時は生き返らせるために全員で遅刻する勇気を見せたってのに」


 ホント良い根性してるぜ。隕石落ちてクラスメイトが潰れてるってのに、一人残らず次の授業に向かってるだなんてな。そんなに俺の事が嫌いか嫌いですかそうですかごめんなさい。


 とか嘆いてる場合ではない。この時点で俺は遅刻が確定してるのだ。すぐさま教科書を取りに行って向かわなければ。


「待ちなさ~い」


 と、先輩が俺の首根っこを引っ掴んだ。いや、比喩とかじゃなくてマジで首根っこ。ぐえ、とマンガみたいな声が俺の喉からひり出される。


「な、何すか……まさかまだネクロノミコンで何かをやれって言うんじゃ」

「そうじゃないわよぉ」


 と言いつつ、俺にネクロノミコンを手渡してくる。俄然警戒心が高まるが、先輩は気にせず続けた。


「君は病み上がりなんだからぁ、ムリしたらだ~め! って事ぉ」

「? いや、湯川とかは生き返ってすぐに授業に」

「湯川君と君とじゃ全然違ったでしょぉ?」


 俺。隕石にすり潰されました。

 

 湯川。ベルゼブブにぐっちゃぐちゃに食い殺されました。


 結論。死に方は全然違うけど、エグさはほぼ一緒。


「そんな事ありませぇん。先輩の言う事を聞きなさ~い!」

「わ、分かりましたって。じゃあ俺はどうすればいいんですか?」

「決まってるじゃな~い。保健室で休むこと、いいわねぇ?」


 保健室。憩いの場であるはずのそこに、なぜか激しい拒否反応を覚える俺。

 

 理由は明白。ヤバくなさそうな所ほどヤバいから。


 だが、このまま忠告を無視したら後が怖そうだ。先輩をキレさせると、なおさら地獄絵図が待っている気がする。


「はい、行ってきます……」


 総合的なリスクを鑑み、俺はネクロノミコンを手にとぼとぼと保健室に向かうのだった。





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