AM9:39
「どしたの? 修二」
歩きながらぼけっと窓の外を見続ける俺に気付き、凛が覗き込むように声を掛けてきた。
「いや、山が……」
「山が?」
「直ってる」
「直ってるね」
で? と首を傾げる。……これも俺がおかしいのか? なぁ。
「さっき五十嵐がぶっ壊したんだけど……」
「知ってるけど。音楽室からもよく見えたし」
……よし、落ち着け俺。どうやらこの世界では、ぶっ壊れた山が直る事くらいは普通にあるらしいぞ。
生き物の生死だけじゃなく、物の生死の境すら曖昧になってんのか。五十嵐があんな真似をしても問題ないってわけだ。
ここで変に騒げば、また頭イカれた扱いされるのが関の山。自然な流れで、この会話を終わらせるべきだ。
「いやまぁ、よくこの短時間で直すもんだな、って改めて思ってな。どうやって直してるんだか」
よし、さすが俺。『何故直ってるのか』から『どうやって直してるのか』に話題をすり替えてやったぜ。
「あー、確かにどうやって直してるのかはあんまり聞いたことないな。小さな悪魔が総動員で働いてるってくらいで」
小さな悪魔? 総動員で働く? なんかまた妙な概念が出てきたな。
考え込む湯川に、保手浜が呑気に笑いながら言う。
「あれって確か契約じゃなくて、給料払って雇ってるんだろ? なんでそんな回りくどい事するんだろうな」
「いや、契約してる先輩とかとは状況が違うだろ。あんなのと1匹1匹契約してられるか、って事じゃないか」
……ふむ。イメージ的には即戦力の正社員じゃなくて使い捨ての安いバイトを大量に雇ってる、って感じか。
人間が悪魔的なイカれた価値観に毒されてるのかと思いきや、悪魔側にも人間流のやり方が持ち込まれてるってわけか。面白い……いや、面白くねぇぞ、俺。
「雇うっつっても、何を給料にしてんだろうな。金、って感じじゃないけど」
だから訊くなって。これじゃまるで、俺が興味津々みたいじゃねぇか。
俺の言葉を受け、凛がどこかしたり顔で言う。
「確かラムネ1つ、かりんとう1つのどっちかを日当で選べるんじゃなかったっけ」
1日働いてそれかよ! 悪魔良心的だなおい!
てか、報酬のチョイスが渋すぎるわ。戦後か何かか。
(けどまぁ……そうか)
極論、生きる事だけを考えれば、それでもいい。金なんてのは、生きるだけじゃなくて娯楽を楽しむためのもんでもあるし。
小さな悪魔を大量に、って事は、それこそ指先程度の極小クラス、小人レベルの悪魔かもしれない。それなら、最低限生き延びられる食い物を貰えるだけで十分なのかもしれない。
「……何だかなぁ」
「ん? なんか言った、修二」
「なんでもねぇよ」
分かった事。
人間と悪魔は結構上手くやってるらしい。
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