AM9:38

「いやぁ、美術は楽でいいな。なぁ、三崎」

「ん? あー、そうだな」


 教室へと変える最中、保手浜が声を掛けてきた。


 交友関係が広いこいつは、見るたびに違うヤツと会話しているような印象を受ける。俺もその中の一人であり、思いだした頃に話しかけられる感じだ。


 まぁ、別に嫌いじゃないし別にいいんだけど……もしかしてこいつも、何かしらイカれちまってるんじゃないか、と別方面の不安もあるにはある。


「お? 湯川と風花さんじゃん」

「ああ」

「やっほ~、保手浜君」


 と、湯川と凛も合流する。わりと珍しい取り合わせだ。


 確か2人は……音楽だったな。凛が『美術と書道は絶対に寝る自信がある!』と何の自慢にもならない理由で音楽を選んでいたので、よく覚えている。


「美術、どうだった? 最後の方、凄い音したけど」

「そうそう。五十嵐のヤツが自爆してさぁ。今頃先輩にしぼられてるんじゃねぇかな」

「相変わらずだね、そっちは」


 湯川が呆れ気味に言う。ついさっき先輩の世話になったヤツがほざきおるわ。


「そういうそっちはどうなんだよ」


 何の気なくそう訊いた俺は、2秒で後悔した。


「ああ、今日は殺人オーケストラの日だった。参ったよ」


 メガネを押し上げ、気だるげに言う湯川。


「……うん? さつじ……何だって?」

「だから殺人オーケストラ。知ってるでしょ?」


 逆になぜ知ってると思ったのか。うん、分かってる。イカれてるからだよな。


「……そか。大変だったな」


 訊かねぇぞ。訊いてたまるか。1ミリも理解したくない。


「殺人オーケストラかぁ。話は聞いてるけど、1度体験してみてぇなぁ」

「あはは、よく言われるよそれ。絶対に後悔すると思うけどね」

「スリリングな部分を楽しめるかどうかが分かれ目、かな」


 うん、先輩が忙しくなる系の何かだな、きっと。


 ますますツッコみたくねぇ。その一心で俺は、3人から視線を外すように窓の外を見て、


「……?」


 さっきと、風景が少し違うような……いや、少しどころの騒ぎじゃないな。


「山が……」

 

 山が……元通りになってる?

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