AM8:44

 舞う血飛沫。


 上半身を呑みこまれ、血に染まる学生服のズボン。


 呻くような湯川のくぐもった声。


 朝の教室に充満する、濃い血の匂い。あっという間に教室の中はパニックに……、


「……は?」


 ならなかった。どいつもこいつも雑談に興じ、無邪気な笑い声をあげ、この惨劇なんて目にも入っていないかのよう。


 俺が戸惑うその間も、ベルゼブブの捕食は続く。ふらふらと宙を舞いながら少しずつ湯川を食べ進み、あっという間に丸呑みしてしまった。


 口……らしき部分から盛大に血をこぼすベルゼブブ。俺は反射的に身構えた。


 何でこんな事になったのか正確には分からないが、湯川は契約に失敗したとみて間違いない。そうなると、ベルゼブブは誰の手綱もついていない状態のはず。


 次の餌に選ばれるとしたら、湯川の隣にいる、俺。そこまで考えが及んだはいいが、こんなバケモノから身を守る方法なんて……、


「そうだ……!」


 俺は無我夢中でカバンに手を伸ばし、それを掴んだ。


 ネクロノミコン。大層凄いらしいその魔術書があれば、多少は抵抗できるはず。いや、使い方知らんけど。


 が、俺がそれをカバンから抜き出すよりも前に、ベルゼブブは黒いオーラに覆われ、どこへか消えてしまった。後には、消しゴム製の魔法陣、湯川が遺した血塗れの諸々だけ。


 助かった……のか? バクバクと激しく鼓動する心臓を手で押さえ、俺は浮かび上がっていた汗を乱雑に拭う。


「お~い三崎ぃ、朝っぱらからバカみたいな声出すなって」


 と、全てが終わったその時、間の抜けた声が俺を呼んだ。


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