AM8:07

 そこにいたのは、女。特に美少女でもない、どこにでもいる頭の軽そうな、女。

 

「なんだ、凛か」

「なんだとは何よ、バカ修二」


 自転車を緩やかに減速させ、ききっ、と俺の前で止まる。肩まで伸びた黒髪がさらりと風になびいた。


 紹介しよう。こいつは風花凛かざはなりん。誠に遺憾であるが、一般的な常識に照らし合わせれば幼馴染と呼ばざるを得ない立ち位置にいる女だ。


 家は2件隣で、訪ねる所要時間は12秒。幼稚園、小学校、中学校ともに同じで、示し合わせた事なんて1度もないのに、登校時に出くわしたことなんて数えきれたもんじゃない。


 終いには高校まで一緒ときたもんだ。俺も凛も、一番近い高校が一番楽、という理由だけで選んだので仕方ない事ではあるが。


 だがしかし。ここで注意点が1つある。


 幼馴染とは、漫画やアニメで頻繁に描かれる存在だ。なので、その辺から得た知識から一般的な幼馴染像みたいなものも形作られている。


 世話を焼いてくれたり、家族ぐるみの付き合いがあったり、周囲からカップル認定されつつも本人達は否定していたり。


 そういう幼馴染もいるにはいるだろう。二次元なら、な。


 現実では、そんな事は、ありえない。


 もう一度言う。


 ありえない! のだ! 


(……いや、待て。落ち着け俺)


 そんな事で熱くなってどうする。幼馴染ってだけで周りから色々言われて死ぬほどうんざりしたのは昔の話だろう。


「ちょっと、何よ。まじまじと私の顔を見て。いくら美少女だからって、そういうのは良くないわよ?」

「誰が美少女だ。鏡見て生まれ変われ」

「鏡見ても美少女だし、生まれ変わっても美少女だよ?」


 ……こういうヤツである。底なしのポジティブ、って言えばいいのか。

 この性格のおかげで男子からの人気が高いし、女子からの妬みもあったりする。が、もう既に10年以上の付き合いとなる俺からすれば、鬱陶しいと思う事すらなくなった。


 半ば悟りの境地だ。よくもまぁ、10年以上もずっとこれで突っ走ってこれるもんだ。


(……ん? ずっと?)


 そうだ。こうやって見る限り、こいつは昨日までと何一つ変わらない。

 つまり、俺みたいにこのイカれた世界に染まってないのかもしれない。


 淡い希望を抱く俺。だが、この希望を確かなモノにするにはどうすればいい?


「なぁ、凛」 

「なによ」

「これを見て、どう思う?」


 俺はドナドナファンタスティックの亡骸を指さしながら、恐る恐る問うた。

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