第9話 神代香織

 俺は靴を履いて、御中神社に向かった。


「先輩、来ました。 話ってなんですか?」


境内は日が傾いて、黄昏時の橙色だけど少し紫が混じった、なんとも言えない淡い色の空のせいで少しいつもと違う、神秘的な雰囲気を醸し出していた。


神代部長は境内にある狛犬の像に自分の背をもたれかけながら片方の手で学生鞄を、

もう片方の手で文庫本を広げながら読んでいた。


少しうつむきがちに本に視線を落とすその姿は、まるで何か神々しいものでも見ているかのような美しさと気品がある。


(こりゃぁ、同じ学年の男全員、揃いも揃ってこの人に恋するのも無理ないな。)

俺はそんな風なことを思った。


「早かったわね。伊藤君はどうしたの御見神君。いつもあなたは彼と一緒じゃない?」


「あぁ、あいつはなんか、用事があるって言って先に帰りましたよ。

それより先輩、話ってなんですか?」


封筒の中に入っていた手紙には”話がある。放課後、境内にて待つ。”とだけ書いてあった。


(もしかしたら、伊藤のやつにも同じものを入れてたのかな)


「そう、まぁいいわ。ところで、あなた今日ここで何か変なものを拾わなかった?」

「変なものって? そんなざっくり言われても困りますよ。もうちょっと具体的に言ってもらわないと。」


そう言って、俺は返事を濁した。神代先輩が何のことを言っているかは、俺にとっては明白だった。


(あの石はもしかして先輩の持ち物なのか?わからない。)


俺は伊藤ほどじゃないが少しだけあの石の正体が気になっていた。なぜなら、あの綺麗な石自体にも確かに興味があるんだが、それよりなにより、伊藤のあの興味の示し様に驚いてるからってのが大きい。


あいつは少し斜に構えているというか飄々としているというか、普段、俺がこれおもしろいぞとあいつに何か持って行っても、”興味ない” ”知ってる” ”つまらない”の三択の内の一つを言うだけで大抵のことに反応を示さないことのが多い奴だ。


しかし、あいつが決まって興味を示して行動した後は大体面白いことが起こることを

俺は知っている。


「御見神君、ほんとに拾ってないの?」


そう言って、神代先輩は少し睨むような目つきで俺を見た。

俺はこの先輩の反応には少し動揺した。こんな表情は初めて見たからだ。


「いやだから、なんですか変なものって?それだけじゃわからないですよ。それは先輩の持ち物かなにかですか?第一、どういうものか知りませんが、俺は今日、先輩の言う変なものは拾ってないですよ。」


俺は少し動揺からか、少し上ずった声で余計にしゃべっていらんことまで答えてしまったように感じた。


「御見神君、嘘はいけないわ。あなた今日、お祈り当番でしょ?拾っているはずよ。」


そう言って、先輩はまた更に俺を睨みつける。


(なんだ? なぜ、そこまでこだわるんだ? ただの光る石ころじゃないのか?そしてなんでまるで俺が拾ったと確信して聞いてくるんだ?)


「いや、ほんとに知らないし、何も当番中には拾ってませんよ。あ、もしかしたら裕美子のやつが拾ってるかもしれませんよ。」


俺は咄嗟に裕美子を言い訳の材料に使ってしまった。


「あれは彼女が気づける代物ではないわ。」


先輩は小声で何かを呟いた。

俺はそれを聞き取ることができなかった。


「え、なんですか?」



「まぁいいわ、時期にわかることだし。それじゃあ御見神君、私は帰るわ。

さようなら。」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。話ってこれで終わりなんですか?」

「そうよ。何?」


「いや、俺はてっきり、部活か何かの話をするんだと思ってたんですけど。

先輩、入部挨拶の時以来、全然部室に来てくれないから、部の活動が開店休業中なんですけど。部室に来て何か指示をしてくださいよ。」


ひょっとしたらという思春期男子の下心がなかったといえば嘘になるが

俺はこの時ばかりは普段の先輩に対する不満をぶつけた。それは動揺の誤魔化しでもあった。


「あぁ、部活ね。御見神君のやりたいようにしたらいいわ。私はテキトーにやってるから。それじゃあ。」


そう言って、神代先輩はさっさと行ってしまった。


「ちょ、ちょっと先輩。はぁ~なんだよそれ。」


おれは大きなため息をつきながら独りごちた。


(しかし、なぜ先輩があそこまで俺に問い詰めるような聞き方をしたのかわからない。そんなに、あの石は先輩にとって大切なものなのか?

まぁもしそうだったらいけないから、ちょっと伊藤の結果を聞いた後に適当な理由をつけて先輩に返すか。)


そして、俺は神社を後にして校門に向かった。




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