第3話 遺跡(2)

それから、私達は扉調査のための作戦を練った。お上の息のかかっているような研究所のチームはもちろんのこと、これ以上現地のスタッフにも関わってもらわないようにするためにはそれ相応の準備がいるからだ。そこでまずやったことが、今回の扉とカギの発見はなるべく騒ぎにならないよう定例会で細工をして報告した。

そして肝心の洞窟は、入り口を落盤する恐れがあると言って、洞窟自体をしばらく封鎖すると報告もした。


次に、カギを見つけた現地のスタッフには、カギのことを調べてみたが、ただの石と砂が長年の堆積により固まったと言い、光っていたのは土砂に含まれていた鉱石の一部が光の加減によって光っていたのが原因だと説明した。


この言い訳は堂林君が考えたんだが、中々な適当具合に私は最初呆れたのだが、

これが見事なもんで、彼の説明があまりにも上手いために全員が納得させられていた。どうやったらそんな話術が身につくのか、是非ともご教授願いたいくらいである。


最後に、扉の窪みの方はというと、まだ私たち以外の誰にも気づかれていなかったので気づかれる前に、わからないよう、扉の周囲にあった土砂と絵具で細工をして埋めた。この手の細工は伊藤君に任せた。


というのも、彼は手先が器用で趣味で昔からジオラマを作っている。

これも呆れたことに調査キャンプにもジオラマ制作のための道具一式を持って来ていた。それは置いとくにしても、その兼ね備えた器用さと緻密さゆえに彼には現場で遺物の大まかな選別と洗浄の管理を行ってもらっている。


また彼にはその器用さに関する逸話がいくつか存在しており、その一つに昔、彼が別の研究所チームにいた時に、他の研究員にばれないように遺物を細工して、自宅にそれを持ち帰ってばれなかったことがあるそうで、堂林君曰く


「彼ほど手先の器用な男に出会ったことがない、道が違えば世界でも腕利きの名医か大泥棒になっていただろう。」


と言わせるほどの男である。

その話を聞いたとき、私は今回の遺跡の出土品もやってるのではと冗談で聞いたら、


「それはありえないし、私がさせません。」


と真顔で堂林君はキッパリと言い放ったのである。


ところで、この堂林という男も一癖あり相当の切れ者で、気軽に近づくと痛い目をみるはめに遭わせられる男としてこの界隈では名が通っている。しかし、他の人らと違い、私は個人的には彼のことを部下思いで家族を大切にする人格者であると認識している。


その昔、堂林君は笹木君と伊藤君と一緒に同じ研究所に在籍しており、ちなみにその時からすでに、お互い上司と部下二人という関係であったのだが、彼はその持ちまえの賢さゆえに起こしたある騒動によって研究所を追い出されてしまう。その時に騒動とはなんの関係もない笹木君と伊藤君も堂林君に続いて辞めたのだ。普通ならいくら慕っているといっても上司と一緒に辞めるというのは中々に決断できることではない。二人とも彼のことを尊敬して付いてきている。それほどまでに、この男に対する部下からの信頼の厚さは強いのである。


ちなみに、何の因果か、彼らが研究所を辞めてしばらく経った後にこの騒動の話が私の耳に入ってきた。以前から私も彼らのことを知っており、優秀な研究員であることをわかっていたので、仲良く三人で路頭に迷ってたとこを私が当時所長を務めていた国立研究所に”安月給だけど来るかい?”と三人とも誘ったのが彼らとの長い付き合いの始まりである。


そして今度は、私が所属してた研究所を辞めて独立して新たに研究所を立ち上げる時に、堂林君にはいろいろと奔走してもらったのだが、その時の彼の行動力と判断力と言ったら本当に舌を巻かざるをえなかった。

そのため、その能力を買って彼にはいつも定例会での報告の一切と発掘現場の管理と全体的な指揮、加えて遺物の解析も、まぁほぼ全部と言っていい作業を彼に一任している。


最後に、笹木君だが、彼は昔から冗談抜きで勘がビックリするくらいに鋭い。

いわゆる、第六感というやつだ。それだけと思えるかもしれないが、これがなかなかどうして侮れないのである。これも昔のことだが、この遺跡じゃない別の遺跡の調査で、どこからやり始めるか悩んでいた時に彼が横から急に私が眺めていた図面を見て、


「先生、ここから掘りましょう。」


と言い出し、半信半疑の私が


「よし、じゃあやってみなさい。」


と言うと、それから彼は黙々と掘り始め、ついにはその遺跡での年代の特定や起源に関することに大きく寄与する発見を幾度となくするのである。

彼曰く、


「昔からなんか、感じるですよねぇ。なんかぞわって感じるんです。」


だそうだ。これには私もさすがにお手上げなので、彼には現場の発掘作業の直接的な指揮を任せている。


肝心の私はというと、

優秀な研究員を一度に三人も手に入れ、仕事を取られたようなもんなので、もっぱら私は発掘現場の外での仕事が多くなった。全国にある研究所との連携の確立や今回はしてないが調査のための資金繰り、後は上がってきた報告に目を通しながら更なる自分の研究を机に座って充実させるといったところだ。




ーそうこうしてる内に2週間が流れたー



定例会議後の夜に私は三人を自分のテント内に招集した。


「定例会議はどうだったかね?」

「はい、今回も問題なく報告しました。やはりまた洞窟のことについて聞かれましたが、遺跡群のかつての住民のためのただのゴミ捨て場跡であったと報告しました。

そのために、ゴミの残骸の細工も伊藤に頼んでやらせました。


あとは笹木に意図的に発掘作業を洞窟から遠ざけさせておくように頼んで、完全に作業員たちを洞窟から離れるようにしておきました。これで、仮に誰かが気づいて、お上に報告して勘繰られたとしても、後一週間はもつかと。」

「そうか、ありがとう。ご苦労だったね。」


そう言うと、堂林君は肩の荷が下りたかのように少しだけほっとした表情をみせた。

それから、今度は私のほうが一呼吸置いて切り出した。


「伊藤君も笹木君もお疲れだね、よくやってくれたよ。では祝杯をあげるかと、いきたいとこだがね、近々、政府から直々に視察が入る。恐らく来週の水曜日だ。

それまでにことを済ませなければならない。」


三人ともかなり驚いた顔をしていた。

無理もない、昨日の夜に私が手を回して探らせて得たばかりの情報で、現場のスタッフにはまだ公開されていない情報だからだ。私は構わず続けた。


「今日は火曜で、発掘作業が私達の研究所のチームだけになるのが、今週の木曜日だけ。かなり急な話だが、恐らくその日にやる以外、絶好のタイミングはない。

そこでだ、明日大きな茶番を打つ。

現場のスタッフの注意を洞窟から逸らすのと、決行日である木曜日の準備のためだ。

笹木君にはそれとなく洞窟封鎖するためにかぶせた土砂の撤去準備を、

伊藤君には一番これが重要なんだが、住居跡の遺物に細工をして欲しい。

遺物に似せて、何か未知な発見をしたと思えるかもしれないような物体の作成を頼みたい。漠然としていて申し訳ないが、君ならできるはずだ。

なんなら発掘物保管所の遺物も使ってもらって構わない、

実際の遺物を使えばすぐできるだろうし、数は5個もあれば十分だ。


さらに、それをあたかも見つけたかのように演出してくれ。

そうすれば、堂林君に伊藤君のもとへ駆けつけさせ、その遺物の贋作を受け取りに行かせる。その後、堂林君は解析するふりをして結果報告を兼ねて私のとこに、

それを持って来てくれ、その贋作は私が預かりその日の間中は有耶無耶にしておく。


そうすれば、確実に、注意も洞窟からは逸れるだろう。

もし、扉の調査当日である木曜日にほかの研究所のチームが来たとしても、

その遺物の贋作の解析作業を割り振ればいいし、定例会の報告でもたいしたものでなかったと言えばいい。


そして最後に、堂林君の方はいつも通り常に現場の全体的な動向と二人の決行タイミングの指示を頼みたい。ここまで話してみると大勝負は木曜というよりもむしろ明日の水曜になりそうだね。結構大変かもしれないが君達ならできるだろう、よろしく頼むよ。何か質問はあるかね?」


そう一通り言いい終えて私は彼らの顔を見た、

最初は驚いていたものの、今は状況を完全に理解して各々のやることを考えている

ふうであった。さすがのことだけはある。

それから、少し思案したのか


「いえ、何もありません。」


堂林君が答え、残りの二人も頷き、三人とも腹をくくったという面持であった。

もう、一緒に仕事をしだしてかれこれ十年以上になるが、こういう状況下でこれほど頼もしい部下を持てたことが、私の何よりの宝であることを再認識させられた。


「そうか、では解散だ。明日のためにもゆっくり休みたまえ。」


そう言って出ていく彼らを見送った。

私はテントに入り、いつも一服するときに使っているキャンプ用のイスに深く腰掛けて胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。いつしか、外で泣いていた虫の声は鳴りをひそめ、タバコの燃えるジジジという音がやけに大きく聞こえるくらい不気味なほどあたりは静まりかえっていた。嵐の前の静けさとはよく言ったものである。



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