第2話 遺跡(1)

その後、私と堂林君はその塊を持って調査本部が設置してあるキャンプ群の一つである私のテントに移動した。そして私たちはその塊を改めてまじまじと見た。

大きさは野球ボールくらいで、重さはそんなになく、せいぜい300グラムぐらいだろうか。表面は金属質で、曼荼羅のようなフラクタル模様が刻まれており、微かに青白く光っていた。


「先生どう思います?」

「うーん、解析してやってみないとわからないが、

明からかにこれはあの壁のレリーフの窪みにはめるためのものだと思う。

あの窪みの外縁部にもこの塊と同じ模様もあったからね。」


その時、私は次の言葉を発しようとするのをためらった。


この塊は恐らくカギだ、あの窪みにはめるためのものという確証はないが

そうとしか思えない。なにせ異質なのだ。これが私たちが直感的にこのように思っている原因である。ここの遺跡群の出土品はこの五年で1000点以上になる。

しかし、このようなものは今まで出てきてない。


加えて、金属質の遺物というのは、どんだけ厳重にそして丁寧に保管されていても普通は錆びるか欠けているものがほとんどである。ところが、当のこの遺物にはその錆びも、どこか欠落した箇所も見受けられない。


なぜ正確な分析もしてないのにそんなことがわかるのか。もしかしたら、劣化してないように見えて実は劣化していることだってあり得る。ところがそれは解析するまでもなく、塊に刻まれた模様から読み取ることができる。

どこか欠けていたり、錆びて見えなくなったりしているなら刻まれた模様の線が途切れているはずだが、そんな箇所は見当たらない。それどころか発光してるのもそうだが微妙に金属質の物体特有の光沢すら微妙に持っている。

それは劣化せずきれいな状態で残っていたというよりも、まるで年月を経ておらず、昨日作られたものといっても違和感はないほど完全な状態を保っている。


それゆえに、これは大きな発見につながる思ったのと同時にこの塊をはめることで何か起きてしまうのではないかという不安が一瞬よぎったのだ。


「堂林君はどう思うかね?」

「はい、私も先生と同意見です。しかし、この塊、見れば見るほど不思議です。

どういう仕組みで光っているのか全く分かりません。」


そう言って私の手から取り上げて塊を見つめる彼の顔は眉をひそめ、不思議がってはいるが研究者特有の好奇心に満ち、新たな発見に対する隠しきれない嬉しさが顔に出ているのが見て取れた。


「はめてみよう。きっとなにか出るかもしれん。」


私はそう言った。言ってしまった。それは一瞬、私がためらった言葉そのものだった。自分で言いながらも不安は当然残る。なにせこれほどの異様な遺物だ。

しかし、私も研究者の端くれ心配する気持ちより好奇心が勝ってしまった。


何より、停滞気味であった発掘調査に新しい風を吹かしてくれるものになるかもしれないという期待があったというのも大きい。


堂林君の方を見ると待ってましたと言わんばかりであった。


「わかりました。では笹木と伊藤を連れてきます。」

「あぁちょっと待て、堂林君、連れてくるのは少人数にしておきなさい。」

「わかっています。連れていくのはその二人だけです。」

「そうか、ならいい。」


笹木君と伊藤君は、堂林君と私が全幅の信頼をおく部下の二人だ。

その二人は今回の遺跡調査にも初期から携わっており、加えて、彼らはここの遺跡の文明の古代文字にも精通している。もちろん他にも私の研究所にはたくさん部下はいる。それでも、長年一緒にやってきた仲間と思えるのは彼らだけであった。


ところで、そもそもこの遺跡の発見というのは偶然が重なって見つかったらしい。

{らしい}というのはその発見の経緯は我々に教えてもらえず、私の研究所に政府から数か月前に急に直接、調査の依頼が入り、今この遺跡の発掘を行っている。しかも調査にかかる費用は政府が全額負担してくれて、発掘にかかるであろう期間も無制限に設定するとのこと。私たちはこんないい条件で発掘調査できるならぜひと言ってお願いした。


しかし、後になって知らされたのが、なぜか出土品や発掘の進行状況の報告書は全て政府の役人が回収するという異例の条件が付いていた。

この条件のせいで、遺跡調査の分析や出土品の解析は月に一度、政府から派遣される視察団が、資料の回収にくるまでの正味2~3週間以内にやらなければならなくなってしまった。当然、それだけの期間では即席的で偏った解析、報告しかできない。

また、遺跡出入り口には遺跡に関する資料や出土品が無断で持ち出せれないように、

政府直々に特別厳しい検問所のオマケ付きときているのである。


中でも一番異常なのが、視察団による資料の回収後は一切、発掘関係者には関係書類は公開されない。これにはさすがに私も最初は抗議したが、発掘作業の担当を降ろして、別の研究所に頼むしかないと言われてしまい、なくなく諦めた。


私たち考古学研究者にとってそれだけは譲れないのである。

なぜなら、研究員として生の遺物に触れて発見できる、しかもそれが自分の研究分野の主軸であるというのは人生でそう巡ってくるものではないからだ。

加えて自分たちの研究所主導で調査できるのだから、なおさら譲れなかった。


そこで、私と堂林君は色々考えて、今はどうにかしてお上の目を盗み、

こっそりと記録した遺物や遺構の写真データや解析結果の資料だけではあるがそれらを別で紙にコピーしたり、ハードディスクやUSBのような記録媒体を使って、いわゆるアナログとデジタル両方の形に落とし込んで持ち出し、私の妻の実家に隠している。


したがって、こういう状況であるために、個人的に記録をとるまではこの遺物の発見を大っぴらにはしたくないのである。ましてや定例会で報告しようものなら真っ先に政府に回収されてしまうというのは自明の理であった。そうならなくとも、他の研究所チームが何かしら妨害なりアプローチはしてくるのも明白である。




二十分後、


テント内に笹木君と伊藤君を連れてきた堂林君が入ってきた。


「先生、連れてきました。」

「うんありがとう。笹木君に伊藤君、堂林君から説明を受けてると思うが、

今回、新たに、この遺跡ではこれまでに出てきた王家のレリーフとは少し違ったレリーフが刻まれた扉とかなり異様な球状の塊が出土した。まだ十分に調べれてないが、我々だけで、政府に回収される前に少し調べてみようと思う。後、他の研究所連中にバレる前にもね。ただ、調査は危険を伴うかもしれない。なにせ、今までにみたことのない代物だからね。それでもやってくれるかね?」

「はい、もちろんです。」

「はい。」


ふたりとも二つ返事だった。それが、自分にとってはありがたくもあり心配でもあった。


「そうか、ありがとう。」


すると、私の一抹の不安が彼らに伝わったのか

すかさず、笹木君が答えた。


「先生、あまり思いつめないでくださいよ。我々は好きでやっているんです。仮に死んだとしても本望です。好きなことをやって死ねるんですから。それにこういう似たようなことは幾度となくあったじゃないですか。


確かに今回の調査はそりゃあかなり普通とは違います。しかし、私はこの調査を引き受けて内容を見た時、ものすごく興奮して嬉しかったんです。

なにせ自分たちの研究してた文明の確実な遺跡の実物が発見されたんですから。」


堂林君も伊藤君も頷いていた。


「そうか、それが聞けただけで十分だ。」

「はい。」


私は三人の顔を見た。

そう答えた彼らの目は宝物を見つけた少年のように輝いていた。






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