思考の欠片

猪月頑瑛

第一章 発掘

第1話 始まり

 私は少し興奮気味であった。今回の遺跡調査での新たな区画内での発見の情報に。なにせ、この五年間にわたる様々な遺跡での調査の中で、初めての大きな発見になるかもしれなかったからだ。私は滞在中のホテルを出て現地へと急いだ。


「先生、こちらです。」


そう言って、現地に着くと部下の堂林君が目的の場所へと案内してくれた。


「ライトをもうちょっとこの辺に照らしてくれ。

そう、ありがとう。」


そこは小さな洞窟内で、目の前には、ここの遺跡群の遺構や遺物には頻繁に見られる王家のレリーフが壮大に刻まれた大きな壁があった。


しかし、ひとつだけその他の遺物や遺構群の壁のレリーフと似て非なる箇所があった。それはこの目の前の壁にレリーフの方には見たこともない拳ほどの大きさの窪みが模様の一部分に存在していた。


普通なら長年の劣化によってレリーフの一部が抜け落ちたものであろうと見過ごしてしまうほどのものだ。ところがその窪みはかすかに青白い様な色で発光していた。


「堂林君、これは君、見つけたときもこんな感じだったのかね?」

「はい、最初は私もただのこの区画一帯に無数にある王家のレリーフと変わらないものだと思って見過ごしたんですが、

昨日、その日の作業が終わって少し休憩しようと思い、なんとはなしにそのレリーフのある壁の方を背伸びしながら見た時に気づいたんです。」


「他の研究所のスタッフはこれを見たのかね?」


私はそこが気がかりであった。


「いいえ、現地のスタッフと私だけです。」


それを聞いて正直安心した。こういう未知の発見というのは上手いことやらないと他の研究所の発掘チームに横取りされる可能性がある。


「そうか、ならこれはまだ他の研究所の連中には報告しないほうがいい。

この発見はしばらく伏せよう。」

「わかりました。」


それを聞いた堂林君も”全てわかっています”と言わんばかりの面持ちだ。

しかし、見れば見るほど不思議であった。この遺跡の時代に蛍光塗料なんてもちろんないし、ましてやこんな王家の墳墓や住居跡からずれたそんな重要でない場所にあるこの洞窟内の壁に発光する建材を使ってなんの目的があるのか、まったく見当がつかない。


「とりあえず、この壁の周囲の発掘状況はどんなだね。」

「それがなにも出土しなかったんです。」

「なにもか?」

「なにもです。私も最初は祭壇ではないかと思い、人骨や供物の残骸、この遺跡にはなぜかよく出土する細い木の化石のようなものも探したんですが見つかってないんです。しかも、まるで、この洞窟の存在自体を隠すみたいに洞窟自体も砂と石で埋められてたんです。」


意外であった。私自身、長年発掘調査をやってきた身としてはこの類の経験がない訳ではない。こういう場合、周囲に必ずと言っていいほどに該当する遺構に関する物が何かしら出土することが圧倒的に多いからである。いわば、謎を解くためのヒントみたいなもんだ。それが出て来てないとなると当たり前だが調査は難航する。なにせ、東大生が解くような数学の超難しい大問をヒントなしで導かなきゃいけないようなことをしなければならないためだ。

私は少しでも手掛かりが欲しくてさらに尋ねた。


「そうか、妙だな、壁自体は調べたのか?」

「はい、それがですね、どうやら壁の向こう側になにかあるっぽいんですよ、

恐らくこれは壁というより扉じゃないかと。実は先生が到着なさる前にレーダー探査で調べてみたんです。そしたら、壁の向こう側には空洞と明らかに中になにか物体があることが、、、」


そう堂林君が何か言いかけた時のことだった。


「堂林さん、ちょっと来てください。」

「どうした、」

「王家の墳墓跡で見たことのない球状の塊が出土したって現地の発掘員が、、」

「そうか、わかった、すぐ行く、先生も一緒に。」

「よし、行こう。」


案内されたそこは、

遺跡内にある王家の墳墓跡内、王の石棺が収められていた{祈りの間}と言われる場所だった。歴代の王と王族の遺体、当時、王に仕えていたであろう使用人や家臣たちの遺体も合わせて総勢500体近くに上る遺体が葬られていた場所だった。


「見てくださいこれ。」


そう言って、堂林君の部下である笹木君が手に持っていた目的の物を私たちに見せてくれた。


「先生、これ、、」

「あぁ間違いないかもしれん。」


私と堂林君はその球状の塊を見て直感した。

それもあの壁の窪みと同じようにかすかに光っていた。

この塊はあの壁の窪みにはめるためのものである。何の根拠もないのにそう思わずにはいられなかった。そしてこれがあの扉のカギであるということも。




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