第1話 不穏な影と物語の始まり

「それで、店員さんが私たちにクッキーを持ってきてくれたのね。ほんとにカードを見せるだけで伝わるんだよ。それから、隠し通路も1か所通らせてもらったんだけど」


気が付いたらずっと私一人で夢中でしゃべっていた。目の前の猪野はいつのまにかスマホをいじっている。


猪野は私が所属している「ディベート友の会」というサークルの友人だ。そもそもルイと知り合ったのも、このサークルに猪野がルイを連れてきたからなのだ。


猪野は多分、私なんかよりもずっと頭がいいし、物知りだ。常に難しそうなことを考えている。


それ故にその頭の回転の速さに周りが追いつかないことも度々ある。誰かと話をしていても違うことが頭に浮かぶとそっちのことを考えて、こっちのはなしに関しては上の空、ということも良く合った。


「ちょっと、聞いてってば」

猪野ようやく我に返ったようでスマホを学食のテーブルにおく。

「聞いてるよ。話に飽きたとかじゃねえって」


猪野は検索結果の画面を見せてくれた。経済紙か何かのWebページである。


『考察。なぜ、ドワーフワールドは来園者が激増しているのか』



見出しの後に長文が続いていて、読むのは時間がかかりそうだ。


「なんかまた、難しそうな記事」


猪野は、経済学部経済学科。見た目はチャラ男っぽくもあるが経済に関してはなかなかの勉強家だ。


いつも何かしら難しそうな記事を読んだり、専門的な記事のリンクとその考察をsnsにアップしている。私も文学部の端くれ。文章を読むのは好きなのだが専らフィクションばかりで猪野が読むような本や記事にはとんと疎い。


「で、どういうことが書かれてるのか、かいつまんで説明してよ」


「つまり、ドワーフワールドって、一つの物語だけの世界でやっているでしょ。なのに、あんなに大規模で、今後も次々と拡張されていく予定もあって、たった6巻の小説でそこまで人気を保てるのかどうかってことなんだけど」


「たった6巻」というところにちょっとむっと来てしまった。でも、多分そこを揶揄する意味ではないのだろう。猪野は興味があってもなくても、理由もなく何かを馬鹿にしたり切り捨てたりしない。 私は知っている範囲の知識で反論するしかない。


「本編は6巻だけど、アニメとか映画とか、あとゲームも、本編にないオリジナルエピソードが追加されたりするからね。スピンオフ作品もいくつかあるし。それも再現していけば世界を広げていけるんじゃない」



「そう、それは確かにその通り」


意外と、一理ある意見だったようだ。


「ディズニーランドとか、ユニバーサルとかは、いくつもの作品を取り入れてる。その作品ごとの世界とかアトラクションを増やしていく、古いものは減らしていくという入れ替えが行われる」


「たしかに。ドワーフの方は、基本的に一つの世界で、大筋の物語は1つだもんね」


「一つの物語に頼りすぎていたらいつかは飽きてしまう。テーマパークとしてはリピーターも満足させないといけないから、次々と進化していかなきゃいけないんだよ」


つまり猪野が言っているのは、あえて1つの「ドワーフワールド」だけで展開していくためには次々と進化を遂げていかないと続かないだろうということらしい。


「おそらく、ドワーフワールドが独特なのは、本編と、テーマパークその他の媒体の相互作用なんだろうな」


「相互作用?」


「そう。物語があって、それを再現する、という一方通行の関係じゃなくて。ゲーム、アニメ、映画、それぞれのオリジナルエピソードが、本編に影響を与える。テーマパークも、本編にはないオリジナルストーリーのアトラクションがあるんだろ?」


そう、半年ほど前にできた新しいアトラクションがある。ドワーフの少年が自分より何倍も体の大きな巨人に立ち向かうというアクションゲームだった。


そこでは、私たち一人一人が主人公の少年になる。要はVRゲームだった。


目の前のモンスターを頑張って倒し、自分の街の平和を守る、自分には守るべきものがあるから、あきらめずに立ち上がれる、そんな少年に共感し、原体験ができる。


大好きな物語に最新の技術が導入され、世界と自分が一体になっていく感覚だ。


「多分、あのエピソード自体がもう完成されてるから、そのうちスピンオフの本にも入るだろうね。あとは家庭用ゲーム機の方でも出そう。」


「そう、そして、その家庭用ゲーム機のほうもマルチエンディングで、自分の選択によって結末が変わってくる、という広げ方もできるな」


「なにそれ。全部やりたくなるじゃん。」


「それで、テーマパークの方も同じようにマルチエンディング設定にして、さらにテーマパークでしか見られないストーリーがあるとしたら」


「何度でも通うね」

 

と言うようなことが、記事に書かれているらしい。つまりはドワーフワールドは無限の可能性を秘めているということなのか。

 

「まあ、俺はもうちょっとほとぼりが冷めてから行くかな、と思うけど、今後の動きには注目したいと思ってるんで。フィードバックよろしくな」


「偉そうに」


私が猪野に対して膨れていると、学食の入り口からルイが入ってくるのが見えた

 

「ルイ!こっち」

ルイが気が付いて小走りにかけてくる


「お疲れ」


猪野が椅子を引いてあげている。


「はあー。疲れた」


ルイがテーブルに上半身を預けてぐったりする。


「英語のテストだっけ。単位は大丈夫そう?」


「うーん。あんまり手ごたえはないんだけど、落としてはいないかな」


大学のテスト期間も後半を迎え、猪野と私は前期のテストはとりあえず終えていた。成績はどうせ夏休み終わりごろの発表なので気に病むのはまだまだ先だ。とはいっても、猪野は自分が取ってない授業までもこっそり聞きに行っている勉強家なので単位を落とすなんてことはないだろう。


一方で私は授業中に内職や居眠りばかりしている不真面目な学生であるが、私の学科はいい加減な教師ばかりなので、出席さえしていればテストがグダグダでも単位はくれる場合が多いので何とかなるだろう。


ルイは英米文学科なので英語に関しては単位所得はそれなりに厳しいらしい。

 

「ちょうど今、この間のドワーフワールドの話してたんだよ」


ルイはパッと起き上がり。


「あ、そうそう。楽しかったよね。私も大学の友達連れて行けたの初めてだったから、良かった」


「猪野も来ればよかったのにね」


半ば冗談で猪野も誘っていたのが


「遠慮します」


の一言で即効お断りされた。

 

「何度でも言うが俺は、経営戦略とか今後の展望とかに興味があるだけで、テーマパークでキャーキャーいうタチではないんだよ」


「キャーキャー言う必要ないよねぇ。奈々香?」


「そうだよ。いつも通り腕組しながら偉そうについてくればいいよ」


二人がかりで猪野をやじる。


「女どもと行ったらやれキャラクターと写真を取るだの、グッズを買いたいだの、めんどくさいことに時間を使わなきゃならんのだろ」


「はやく彼女作って一緒に行けるといいね」


ルイはクールビューティのくせに毒舌なのだ。

 

2限のテストを終えて学食にすこしづつ人が増えてきたので私たちは退散し、駅前のハンバーガー屋でランチをすることになった。

 

「そういえば、聞こうと思ってたんだ。ルイ、バイトの研修ってどんな感じなん?」


バーガーを食べながら猪野が聞く。


「研修は1か月みっちりあったよ。」


「うわあ。なんか、正社員並みだね」


私は思わず声を出していた。今私がやっているコンビニのバイトなど、先輩に付いて一通り業務を教えてもらったぐらいで一人立ちだったのに。


「本編の物語はもう頭に入ってることが前提で、穴埋め問題の試験とか。あとは、この場面をどのようにとらえるか書いて、それを発表してみんなの意見を聞く、グループワークっていうのかな。そういうのとか」


「あ、仕事の知識とかそういうんじゃないんだ。」


「そう、仕事で実際に必要なことは現場に入ってから先輩に教えられるから。最初の研修はこのワールドのコンセプト、考え方、どのような態度で臨むべきか、みたいな姿勢とか思想の部分をみっちりやるの」


「なんか、宗教みたいじゃね?」


私も思ったけれども口に出して言えなかったことを猪野はそのまま言った。ルイは怒るのかと思ったらそんなこともなく


「それはよく言われるし、私たちも思ったよ」


「だって、バイトなんて所詮、金を稼ぐための手段だろ。ドワーフワールドは自給も別に高くないし。思想がどうとか方針がどうとか知らんけど、貰った分の働きさえすれば特に文句言われる筋合いはなくないか」

 

「でも、お金を稼ぐ手段なら、別に他のバイトでもいいわけでしょ。わざわざ厳しい採用試験をパスしてドワーフワールドで働けるわけだから、向こうの方針を理解することは大事だよ」


そう、ドワーフワールドは、通常のアルバイトでは考えられないが、適性試験1回と2回の面接が行われる。実際の倍率は明かされていないものの、通る人は1~2割と噂されている。そこに通ったのだから「選ばれし者」であることは間違いない。

 

「ルイ、研修合宿もあったんでしょ?」

バイトを始めてすぐの土日、園内の敷地のすぐ隣の宿泊施設に、2泊3日の泊まり込み研修があるという話は聞いていた。

 

「そうそう、今は一般の人は使えないんだけど、来年オープンする予定のホテルがすぐ近くにあるの」


目を輝かせてルイが言う。


「合宿自体は挨拶とか仕事で必要な所作をめちゃくちゃ練習させられるっていうやつで。そりゃあ辛かったけどさ。でもオープン前のホテルに泊まれるし、そこのレストランで開発中のメニューも食べられるんだよ。最高じゃない?」

「レストランもちゃんとしてそう。」


「そう、私たちもそのお料理を食べて、感想シートを書くんだけど。それがメニュー開発の参考になったりするんだよ。」


「へえ、いいねえ」


「ちょっと待って、一応聞いていい?」


猪野が話の腰を折って聞いてくる。


「合宿費って、もちろんタダなんだよね」


あたりまえじゃん、と言おうとしたが、ルイは何を聞かれてるのかどうかわからないという顔をしていた


「ううん。宿泊費は払ってるよ」

 

合宿費は、給料から数割づつ天引きされているらしい。ルイは、ホテルに特別泊まらせてもらって、まだ一般公開されていないアトラクションのデモプレイをさせてもらい、レストランでご飯も食べさせてもらうのだから、それがタダなんてありえない。実際その体験をするためにだったら10万円払ってもおかしくない、それが、2~3万円の天引きで済むのだから格安だ。と言っていた。一緒に宿泊したバイト仲間たちもみんなそのような意見だったようだ。


さすがに私も、それは企業としてアウトなのではと思ったが、ルイは


「他ではできない体験だから」


というところで疑いや不信感はもっていないようだった。


一方で猪野は、バイトに必要な研修費は全部雇い主が負担するはずのものだからおかしい、と主張する。


話は平行線のまま、ルイは今日も夕方からバイトのシフトに入っているというので、それに間に合う時間に解散となった。


私たちとは反対方面の電車に乗るルイを見送ったあと、猪野は


「あそこ、テーマパークとして大成功の兆しも見えるけど、一方で裏で黒い噂も絶えないんだよ。要チェックだな」


と言っていた。


ルイの言い分も猪野の正論も分かる。でも今日に関してはルイの話にちょっとモヤモヤや嫌な感じを覚えずにはいられない。ドワーフワールドは私にとっても憧れであり理想郷なのだ。


そこに、利益や商売のことを重ねて考えたくないという思いは元々あった。


でも自分が好きなシリーズやキャラクターに関してはお金を注ぎ込んでも痛くない、そんな気持ちもよく分かる。だからこそ、そこに儲け主義の思想は入り込んで欲しくないのだ。


私自身はアルバイトに申し込みしなかったのはそういう舞台裏は見ないでいたい、そんな思いもあったのだ。


もしルイが、そういう部分を洗いざらい話し始めたら、ちょっとキツめに言わなければいけないな、と思う。


夢の世界は、夢の世界の話であってほしい、そんな時もあるから。

 

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私達のドワーフワールド 小峰綾子 @htyhtynhtmgr

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