私達のドワーフワールド
小峰綾子
序章
序章
「こっちの道通っていこう。みんなに見せたいんだ。」
ルイの案内で、ワールド内を闊歩する私たち。7月半ばの、大学のテスト前の休みの期間のちょっとした現実逃避だ。
ここは、大学からわりと近い場所にある「ドワーフワールド」というテーマパークだった。バブルの時代にできてその後閉園してしまった遊園地の広大な跡地に、数年前からすこしづつ着工をはじめ、去年満を持してオープンしたのだ。
「え、なにこれ。3章に出てきたやつ!!」
一緒に来た6人の中の友人の一人が声を上げる。
「あ、あの喫茶店!」
「あ、ほんとだ。この店のおじいさん、おばあさんの顔を見ると、胸に秘めていた本音を言ってしまうっていう」
「すごーい。イメージそのものだね」
私もよく覚えている場面だ。3巻は戦争をやめて再建を図りつつある世界で、物語が進行する。
永遠に終わらないと感じられる立て直し作業につかれた者たちが癒しを求めてカフェに立ち寄るのだ。カフェは、足を怪我したおじいさんと目が悪いおばあさん二人で経営している。
店に入ると、二人の老夫婦の等身大の人形が置いてある。ドワーフたちは実際の人間と似ているが、少しずんぐりむっくりしていて、なんとなく白雪姫に出てくる「7人の小人」のようなイメージだ。身長は大体20センチぐらい。
このテーマパークは「ドワーフたちの小さな星」という全6巻にわたる長編ファンタジー小説を舞台に作られている。
原作は外国語だが日本でも翻訳されて、子供から大人まで一定のファンがいる物語である。
私、三島奈々香も大好きな作品で、中学校の図書館で借りて初めてページを開いた時からの大ファンである。
その後、アニメ化されたり、ゲームシリーズができたりスピンオフ作品が出たりとその人気は留まることを知らない。
入店し、みんなで、おすすめメニューの「ハニーコーヒー」を注文する。こうやってところどころについ見逃せない寄り道のスポットがあるから全然ワールド全体を歩き回るのに時間がかかる。これは何度もリピートしたくなるという噂は本当のようだ。
「ルイ、ここのバイトしてるのホントにすごいよね」
「いや、でも、まだクリーンチームだから、要はお掃除してるだけだよ。」
ルイは、2年生になってすぐここでアルバイトを始めた。みんなやってみたいよねと話をしてはいたが、面接で落とされる人がすごく多いとか、厳しい研修があるなどのうわさがまことしやかに語られていたのて躊躇してしまったのだ。
そんななか突然ルイが
「来週から、ドワーフワールドでバイト始めるんだ」
と言い出したたときは驚いた。
お掃除隊はグループごとに行い、週ごとに担当するエリアが輪番で変わるとのことで、ルイは園内の地図が頭に入っているようだった。
「じゃあ、せっかくだから特権を使っちゃおうかなあ。」
ルイが、リュックサックから、パスケースを取り出す。おお、と私たち一同はざわめく。
「すみません」
控えめな声で店員を呼んだルイは、こっそりその店員だけに見えるようにパスケースの中のカードを見せる。
「はい、ありがとうございます。」
ルイは何も言わなかったが店員には通じたようで、笑顔で応えて奥に入っていった。
ほどなくして、小さなクッキーが2枚、私たちのところに運ばれてきた。
「ああ、あのクッキー」
思わず声が漏れてしまう。物語の中で出てきた。「何かの種クッキー」ではないか。
「VIPカードの噂って本当だったんだね!!」
「ほんとに、ルイと一緒に来てよかった。」
みんな口々に言いながらクッキーを口にする。店長が気まぐれで時々作るというクッキーは、その時に仕入れた何かの種がたっぷりと入っている、今日はカボチャの種だろうか。ほかにもう少し小さなつぶつぶも入っている。ローストされた種の香ばしさが口いっぱいに広がり、プチプチとした触感が新鮮だ。
ルイが差し出したカードは、このテーマパークと特別な関係にある人だけが持つことを許されるという。主には、運営会社の関係の人、社員やアルバイト、多分株主とか、まあその他の大人の事情などもあるのかもしれない。カード所有者にもいくつものグレードがあって、「世界への貢献度」によって変わるらしい。
という噂がネット上のまとめなどにまことしやかに語られていた。しかし、周りで持っている人もいなかったので真偽のほどは分からなかった。しかし今回、その存在が明らかになった。都市伝説の真相を突き止めたような感じだ。
「グレードが上がると、もっと豪華なデザートになるのかな」
「いやいや、このクッキーの時点でめちゃくちゃおいしいから」
「ねえ、みんな、このカードのことはオフレコでお願い。」
ルイが小声でみんなに話す。
「あんまり、おおっぴらにしちゃいけないんだ。」
「企業秘密ってこと?」
ルイが首を振る
「そういうことじゃなくて、そういうカードがあるらしいけど真相はよくわかっていないほうがミステリアスじゃない」
「確かに」
「秘密と言われていたものが、たくさんの人が知ることになったら、何と言うか。醒めちゃう気がするよね」
「分かった。もうこのお店出たらこの話は無しってことで」
「オッケーです」
みんな、自分たちだけの秘密を得たような満足感でいっぱいだった。
「ルイ、その代わり、頑張ってもっとグレードアップさせてね。そしたらまた、ね」
「もちろん、がんばるね」
ルイは嬉しそうに笑う。みんなも笑う。みんな、この物語の世界、思想、登場人物などが大好きなのだ。
ルイは、こっそりリュックサックの奥にパスケースをしまった。
まだ私達は知らなかった。華やかなテーマパークの舞台裏で、暗い陰謀が渦巻いていることを。
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