U.F.O-2

 昔の、といってもたかだか数年前の夢を見た。

 場所代が他より安い小さな商店街の地下にあるライブハウス。百人も入らないようなフロアで客ともみくちゃになりながらギターを弾いている私と、客に担がれている深沢さん。太田代さんはドラム叩きながら歌ってる。演奏が終わると毎回対バンを組んでくれたシロップ、サンデーピープルもステージに上がってきてくれて、全員でエルレガーデンのスターフィッシュを歌う。喉がちぎれるぐらい、弦が切れるんじゃないかってぐらい全力で。皆が楽しそうにキラキラの光りの中にいる。そんな、夢。



「優子ちゃん話聞いてる?」

 マネージャーの篠田さんが顔を覗き込んでくる。

「はい、大丈夫です」

「ならいいけど最近お疲れ? 割と意識飛んでるよね」

 ケラケラ笑いながら長テーブルの真ん中に座る私と両隣の深沢さんと太田代さんにも新曲の資料と譜面を配っていく。窓のない会議室の蛍光灯はなんか冷たい感じがした。

「メジャーデビューおめでとう。そこそこ枚数もいったし御の字ってとこだよね。そして次の曲もできました。うちの事務所一押しの作家が今回も良い曲書いてくれたんだよ、これ絶対売れるから、ね」

 ニコニコしているのは篠田さんだけだった。両隣をちらちらと見ると二人は表情を無くしていた。

「いやー優子ちゃんキャラ立ってんじゃん、可愛さと危うさの共存っていうのかな? ファンレター多いんだよねー、もちろん男性陣にも来てるよ。僕の目に狂いはなかったね」

「あの」

 私が口を開いた瞬間、空気が止まる。

「私達が書いた曲は」

「またその話?」

 遮るように篠田さんが話始めた。

「僕は好きなんだけどねー、上の方針でさ、軌道に乗るまでは売れそうな曲使って、ある程度固定ファンができたら使っていこうかって言ってるんだよね。申し訳ないけども。まぁ、名義はU.F.Oになってるから、ね」

 ごめんね、何て思ってもいないことをペラペラというこの人の、いくつか掛け持つバンドの一つが自分達という事もわかっている。金になるかならないかで動きも変わる。なるべく考えないようにしてはいるけど。

「大丈夫です。これで宜しくお願いします」

 深沢さんの声がいつもより低い。

「さすがリーダー、年の功だね。頼むよ」

 篠田さんそはそれじゃそういう事だから資料と譜面、覚えといてねーと言って小さな会議室から出て行った。

 ぼんやりと渡された資料を手に取り内容を確認する。片思いの女の子が伝えられない思いや心情を綴ったような歌詞。柄じゃないな、なんてシンプルに思う。

「……メシでも食べて帰る?」

 深沢さんが立ち上がる。太田代さんもそうだなーなんて言いながらそれに合わせる。もちろん私も。会議室を出て無駄に長い廊下を歩く。この後何を食べようかとか、どこの店に行こうかなんて言いながら。


「本当にまだやってたんですね」

 心の声が完全にもれていた。商店街の中にある小さなラーメン屋。昔ライブの前に必ず寄っていた場所。旨くも不味くもない絶妙な味のラーメン屋。妖怪みたいに少し破れた提灯もそのまま暖簾の両端にぶら下がっている。

「俺は割と食べに来るよ」

 太田代さんが眼鏡の真ん中をくいっと上げながら言う。俺も、と深沢さんもそれにのる。何だか私だけ仲間はずれにされた気分だった。ここに来るのはライブの時だけだったから。中に入るとカウンターが空いていたのでそこに三人並んで座った。

「とりあえずビールと餃子でいいか?」

 深沢さんの提案にそうっすねと返す。

「三人だけって久しぶりですね。最近いつも誰か他の人と一緒だし」

「なんか忙しい感じするよなー、何食べても味がしないっつーか」

 ガラスコップの水を飲みながら深沢さんが言う。カウンターの向こうからビールの入った中ジョッキが渡されて、その後すぐに餃子も。とりあえずお疲れって乾杯して一気に半分ぐらい飲み干す。喉奥がぎゅーってなってからお腹の中に落ちる感じ。久しぶりに旨いと思った。

「最近昔の連中と連絡とってる?」

 餃子をつまみながら深沢さんが言う。

「そういえば全然電話とかしなくなったな、割と忙しいじゃん。メールとかは返すけど」

「デビュー決まったあたりは結構話てたんですけどね、今はあんまり」

 だよねなんて言いながらため息をつく太田代さん。

「最初はデビューだーつって喜んでだけど中身は他の誰かが作った曲だなんて恥ずかしくて言えないもんな」

「だね、一緒に対バンやって人達には言えないよな。めっちゃ喜んでくれてたもんな」

「そういえば優子知ってる? あそこのライブハウスつぶれたの」

 深沢さんの言葉に耳を疑った。

「マジすか?」

「ほんと。去年かな? シロップのうぶさんからメールきてた」

 マジすか、しか言葉が出てこないくらいの衝撃だった。

「まぁ、時代の流れだよな。あ、俺いつも地獄ラーメン激アツ頼むんだけとみんな一緒でいい?」

 そんなメニューありましたっけ? なんて言うと太田代さんは壁の隅っこを指さした。そこには地獄ラーメン激アツと書かれたメモ用紙みたいなものが確かにあった。お前視力悪いくせによく見えんなと深沢さんは言いながらも俺もそれでと言った。それじゃあ私もそれで。多分残すけど。しばらくして出てきたそれは名前の通り地獄だった。匂いで目と鼻の奥がやられ、辛さで口と喉がやられる。まぁ、不味くはない。汗だくになるから二度と食べないけど。その後ビールを二杯ぐらい飲んでから店を出た。時間も遅くなり商店街を歩く人もまばらになっている。さっきかいた汗のおかげで夜風が気持ち良い。皆帰る方向がバラバラなのでそれじゃあまた、て感じで解散になった。

 一人歩く見知った商店街。シャッターは閉まっているけどライブまで時間を潰した本屋、ぶっ壊れた楽器や機材を売ってる中古屋。ライブハウスがあった場所の入口には『売り物件』の張り紙が張ってあった。私の小さな世界も流れているのを感じる。出来上がったものは壊れていってまた何か新しいものがそこにできてそんな当たり前の事に鈍感になって、死んでいくんだななんて考える。コンビニでウイスキーのミニボトルを買って、それをぐいと飲み干す。煙草で喉を焼いて、アルコールで脳を焼く。星も見えない明るい世界で。

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未完成な世界 滝乃睦月 @mutuki0602

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