U.F.O-1

 私は本来目立つことが嫌いで、なんなら誰とも関わらないで生きていてもかまわないタイプの人間だと思う。金髪にピアスの穴がたくさんある自分が言っても何言ってんの? って言われるだろうけど。鼓膜を振るわす、ただでかいだけのモニターから出る振動に高揚してもみくちゃになっているこの人達に、私はくそみたいな人間です。少し前までは深海でひっそりと、ただ静かにうずくまっていたんですとシュアーのマイクを鷲づかみにして叫んだところでこの人達は両手を挙げて喜ぶんだろうな。音しか聴いてないし。まあそういう場所だから。ライブ中にこんな事を考えるのはきっとさっき飲んだアルコールが抜けてきたからだろう。やばい。あと三曲もつかな?


 

 足を踏まれて目が覚めた。薄いカーテンを突き抜けた光が目を潰す。ごめん眼鏡がないんだよと言いながら太田代さんがビールやら酎ハイやらの空き缶が転がるテーブルの周りをうろうろしている。目を開けるのも嫌になるような頭痛。私が生きてんだなあと思える痛み。吐きそう。深沢さんは自分の腕を枕にしていびきをかいていた。長い髪の毛で顔見えなかったけど。アルコールのおかげで記憶はあまりないけどいつものように深沢さんの家で雑魚寝、飲み過ぎて潰れたんだろう。

「太田代さん、今何時です?」

「えー今、二時過ぎぐらいじゃない? わかんないけど」

 未だ見つからない眼鏡を探す太田代さんはゾンビみたいにフラフラ動く。床にも散らばった空き缶やら掃除機、棚にぶつかりながら。

「のび太みたいですね」

「馬鹿にしてんのか、優子も探すの手伝ってよ俺五時からバイトあるからさ」 

 しょうがないですねとか言って、のそのそとテーブルから這い出して立ち上がるもののぶよぶよになった脳みそが重くフラフラする。私もゾンビじゃん。そこは見たよとかバックの中じゃない? とか言いながら人の家をあさる。

「ライブハウスに忘れてきたんじゃないですか?」

「忘れたかなー? いや、ここに来るときは見えてたと思う。俺眼鏡ないとほんとに見えてないから」

 太田代さんは腕を組んだままうーんとかいってる。私はそもそも記憶がないけど。

「あんまり人んちあさんなよー。なんか出てくるかもしれないし」

 ゆっくり起き上がった深沢さんは長い髪の毛を後ろにかきあげた。

「「あっ」」

 見覚えのある四角い黒縁セルフレームの眼鏡がなぜかそこにあった。

「深沢、なんでお前俺の眼鏡かけてんの」

「眼鏡?」

 そう言って自分の顔をペタペタ触る深沢さん。

「うわっ、なんで俺お前の眼鏡かけてんの?」

「しらんけど、今それ探してたんだって」

「そうなの? まぁあって良かったじゃない」

 ごめんな、太田代と眼鏡に声をかけてからはいよっと渡す深沢さん。

「俺のアイデンティティーというか本体がそれみたいな扱いってどうなん?」

「細かい事気にしてるともっと目が悪くなるぞ」

「なんねーから、それじゃ俺バイトあるからそろそろ家帰るよ。昨日はお疲れ」

 そう言って太田代さんは部屋を出た。何にぶつかる事もなく。深沢さんは煙草に火をつけ、携帯電話の画面を眺めている。

「ゴミ袋あります?」

「いいよ、俺やるから。優子も帰って休むといい。パンツとかおいていくなよ、彼女が怒るから」

「大丈夫ですはいてますから、なんなら今脱ぎましょうか?」

 いや、マジでごめん。そう言って深沢さんはゴミ袋片手に片付けをはじめた。

「それじゃ、お疲れ様でした」

「お疲れー」

 フェンダーのソフトケースに入ったサンバーストのジャガーとエフェクターやら化粧品やらごちゃごちゃに入ったトートバックを持って私は部屋を出た。忘れ物のないように。

 

 ドアを開けて通りまで歩くと下校時間なのか学帽をかぶった小学生達が歩いていた。集団と、少し離れて後ろから一人ついて行く小さな女の子が見えた。胸のあたりがちくりと痛むような感覚を覚える。何となく目で追いかけているとさらに後から来た子ども達がその一人歩く子に話かけているのが見えた。

 入道雲になりそうな雲の群れが空の向こうに浮いている。

 六畳ワンルームの部屋で曲を作って、歌詞を書いて、何となくギターを弾いて、それっぽいメロディーを歌って、知らない誰かに無差別に聴かせてこの先何がしたいんだろう。パワーコードワンストロークで頭がパーンってはじけるような殺人アンプがあったら間違いなく、弾く。独りで。まあそんなもんは存在しないけど。電車の時間を確認しようと携帯電話を見ると着信があった。そんな事を考えていたので気付かなかった。

 深沢さんからで折り返してみると部屋に私のピアスが四つあったらしく次のスタジオ練習の時に持っていくからという連絡だった。

 電車を待っている。駅のホームから見えた街頭ビジョンで女は化粧で変わるとか言ってるコマーシャルをみてそんなもんで何も変わんねぇよと毒づきながら。

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