010. しーいずあぷりんす
カフェにて昼食を終えた私達はその場を後にし、相変わらず人でごった返している中、次の目的地へ向かっていた。また、指を絡めるように手を握って。まだ数えるほどしかしていないその行為は、未だ私をドキドキさせてはくれないけれど――でも、みや先輩に手を引かれるのは……うん、悪くない気分だ。
さて、ここは巨大ショッピングセンターなだけあって様々な種類のお店が集結していて、とても一日で全部回りきれるものではない。そんな広さだから見て回って――所謂、ウィンドウショッピングをしているだけでも楽しいのかもしれないけれど、出費が少なくて、その場で楽しめるゲームセンターに行こうということだった。
学生にとって「お金」というものは非常に貴重だ。一般的な学生は自分が働いている訳じゃないから当然、収入が無い。中にはアルバイトをして幾らか稼いでいる人も居るだろうけれど、毎月、親からお小遣いを貰ってやり繰りしている人だって少なくないはずだ。
金額に幾らか差があるとはいえ、貴重であることに変わりは無い。それを使うのだから、次に給料なりお小遣いなりが貰えるまでの日数を考えなければならない。だから午前中に服を購入したことにより手痛いをしたので、午後からはそれを抑えようということもあって、数百円あればそこそこ遊べるゲームセンターなのだろう。それに不満があるわけではないし、必要以上に使ってしまわないよう適度な節制を心掛けることは良いことだとさえ思う。
けれど実際の所、私は金銭的にかなり余裕があった。普段、画材の調達くらいにしかお金を使わないものだから、貯金箱には結構な額がプールされているのだ。そしてデートなんて初めてなものだから、いくら必要になるか分からない私は常識を疑われないであろう範囲でそこそこの額を持ってきていたのだ。
そうこうしている内、ゲームセンターへ到着した。自動ドアを潜ると店内はこれまた広く、様々な筐体が音を発している。さながら合唱のようで――だけど各々が好き勝手に違う曲を歌っているものだから、お世辞にも綺麗な音色とは言えないのだけど。
「先輩はゲームセンターってよく来るんですか?」
「たまに友達と来て遊ぶくらいかな。ほんと、たまにね。さぁて、どれで遊ぼうか?」
「そうですね……」
問われて、記憶を辿ってみた。どういうゲームが面白かっただろうか――と。しかし、一向に浮かんでこない。
そこで気付いた。もう何年もこんなところに来ていなかったのだ。おかげで、どのゲームが……なんてことよりもまず、一体いつ遊んだかを思い出さなければならなかった。
休みの日は基本的に絵を描いたり、風景を撮りに出かけたりしていて、たまに友達と遊んでも映画を見に行っただとか、ショッピングに行っただとか、そんなことばかりを思い出す。
これは、もしや――
「先輩……よく思い出してみたんですけど、私ってもしかするとゲームセンターに来たことがないのでは?」
「そ、それは私に聞かれても分からない……かな?」
「そうですよね」
みや先輩が戸惑っている。それはそうだ。高校に入ってから知り合っただけなのに、それ以前の私の記憶を彼女が知っていたら一種のホラーだ。もしくは筋金入りのストーカーだ。
「なので、どういうものがあるのかあまり分からないんですけど、景品を挟んで取るゲームがあるのは知ってます」
「クレーンゲームのことだね。じゃあそれやってみようか」
「はい」
最初にプレイするゲームを決めた私達は、クレーンゲーム機があるコーナーまで移動し――
「こ、こんなに種類あるんですか……」
私は目を丸くした。
でも、それは仕方の無いことだと、声を大にして言いたい。初めて来たのだから、多くてもせいぜい十台かそこらあるだけだと思っていたのに、この場所がクレーンゲーム専門店なんじゃないかというくらい、見渡す限りその機械で埋め尽くされているではないか。さしもの私も驚きを禁じえない。
「ここは大きいお店だからね。もっと小さいお店に行くと、さすがにこんなに並んでることはないよ」
「そうなんですね」
「台によって景品も違うんだけど、どれにする?」
そう言われて覗いてみると、確かに入っているものが違う。カテゴリ自体はぬいぐるみやお菓子なんかがほとんどだけれど、その中において景品が被っている台を探すのが難しいくらい多岐に渡っていた。
「私が選んでもいいんですか?」
「いいよ」
そう言われ、しばらく見て回っていると――ある景品に食指が動いた。
「あれがいいです」
「いいね、可愛い!」
私が見つけたのは、沢山のラインストーンで装飾されたピンク色と水色をしたイルカのキーホルダー。二匹でセットになっていて、まるで恋人ならぬ恋イルカのような印象だった。
「じゃあ早速やろう? ほらほら」
「は、はい」
みや先輩に急かされ、財布から硬化を取り出して投入する。プレイ出来る状態になったことを確認すると、先端に球体がついたレバーを操作してクレーンを移動させる。それはいいのだけれど、どの辺りまで移動させて、狙っている品のどの辺りを掴めばいいのだろう。
チラッ――と、みや先輩に助けを求めてみる。けれど、彼女はニコニコしているだけ。どうやらヒントはくれないらしい。
適当にキーホルダーの上まで移動させると、躊躇うことなくボタンを押してクレーンを降ろした。私がすこし緊張しながら見つめる中、クレーンはゆっくりとキーホルダーに近付いていく。
そして、とうとう一番下まで辿り着いたそれは二匹のイルカを捕食すべく、アームを静かに閉じていく。
やった――心の中が歓喜に沸く。私の手の変わりとなったクレーンが見事、イルカを捕まえたのだ。後は獲物を逃さないよう、海底から慎重に引き上げるのみ。
クレーンが上昇を開始して直ぐ――
「あ……」
私は嘆息を漏らしていた。イルカを掴んだと思ったクレーンはそれを引き上げることなく、アームから滑るようにして逃げてしまったのだ。
クレーンは最初の位置まで戻ってくるとアームの開閉動作をしてから動きを止めた。何も掴んでいないというのにそんな動作を目の前でされると、なんだか小馬鹿にされている気さえして、無性に腹立たしい。
「残念だったね」
「もう一回――もう一回やってもいいですか?」
「いいよ、頑張って」
その後、センパイに応援されながら何度かチャレンジしてみたものの、毎回同じような結果となるだけで一向に取れる気配が無かった。
連敗で集中力が途切れた私は催していることに気付いた。みや先輩に伝えようにも、様々な機械が大きな音を出しているものだから、普通に言ったのでは彼女の耳に届かないかもしれない。かといって大声を出すのも憚られる。私はみや先輩の耳元に顔を近づけ、大きすぎず小さい過ぎないと思う声で言う。
「先輩、お手洗いに行きたいので少し待っていてもらえますか?」
「わかった。じゃあここで待ってるね」
見送られ、一度その場を離れた私は、そう遠くない場所に設置されていたお手洗いコーナーで用を済ませ、それほど時間を掛けずにまたゲームセンターへ戻ってきた。時間にして十分弱といったところだろうか。
その間、みや先輩は何かゲームに興じていたわけでもないようで、私を見送った場所にそのまま佇んでいて「おかえり」と私を出迎えてくれた。
「お待たせしました」
「じゃあ佐奈も戻ってきたことだし、お手本を見せちゃおっかな」
「こういうの得意なんです?」
「それほどでもないけど――ま、佐奈よりはね」
みや先輩は可愛らしくウィンクしながら言う。よろしい、ならばお手並み拝見といこうではないか。
私は彼女がプレイする様子を、期待に満ちた目で眺める。そう、お手本だと格好つけて失敗し、私にからかわれるという未来を期待して。だって、私だけ散々失敗するなんて、自分のことだけれどいたたまれないではないか。ぜひ、ここはみや先輩にも失敗してもらいたいところだ。
そして。
「あちゃー、失敗しちゃった」
私の期待通りになった。みや先輩はイルカとは別の、小さなクマのぬいぐるみを狙っていたようだけど惨敗を喫していた。
さて、自分の失敗は棚に上げてのからかいタイムスタートだ。
「先輩、ふざけてないで真面目にやってくれていいんですよ?」
「ま、真面目にやったもん」
「本当ですか?」
「ほんとだよ!」
「お手本とは一体……」
「もう一回やるもん!」
プクーっとほっぺを膨らませ、子供のように意地になって次のプレイを始めたみや先輩にセンパイの威厳など皆無だった。それはそれで普段大人っぽい彼女のまた別の一面が見れて新鮮だったのだけど――煽った私が言うのもアレだが、あまりお金を使いすぎない内になだめよう。放っておいたらクレーンゲームに千円でも二千円でも使ってしまいそうだ。下手したら取るまでやるかもしれない。
あ、ダメだ――絶対になだめよう。
その後、みや先輩が数回チャレンジするも結局失敗に終わり、お互いにクレーンゲームは諦めて他のゲームも遊んだ。バンドの達人、ダンスダンスエボリューション、エアホッケーなど、結構色々だ。私は存外にゲームの才能が無いらしく、初めてということを差し引いても下手っぴだということを自覚するに至った。
きっと一人出来ていたら(そもそも来ないけれど)恥ずかしくて早々に帰っていたことだろう。けれど、みや先輩と一緒に遊んでいるとそれそのものが楽しいことだからなのか、自分が下手なことなんて不思議と気にならなかった。
「佐奈、せっかく来たんだしプリクラ撮ろうよ!」
「いいですよ」
言われるがまま、ボックスの中に入る。中は思いのほか広くて、二人で入ってもまだ十分にスペースがあった。撮ったことなんかない私はどうすればいいのか分からず、設定は全部みや先輩に丸投げしたけれど、彼女は嫌な顔一つせず――というか、嬉々としてやっていた。
それが終わると撮影の段階に移行したらしく、機械から録音されている音声が馴れ馴れしく指示を飛ばしてくる。それに従って立ち位置を微調整し、近すぎず離れすぎずという絶妙な距離をとって――パシャリとシャッターが切られた。
やや待って、出来上がった写真には二人の名前が手書きされていたり、頬の照れ線やら猫耳が描かれていたりと数パターンがあった。そんな加工が出来るのかと感心する一方で、私は気になったことがあった。クラスメイトが持っていたものと出来が違う箇所があったのだ。
「こういうのって目を大きくしたり、肌がテカテカになったりするものじゃないんですか?」
「ああ……うん、そういうのも出来るけど、私はあんまり好きじゃなくて。それに、佐奈はそのままが一番だって思うから」
「そ、そういうものですか……」
「うん。あ、でもそっちが良かったらもう一回撮る?」
「いえ、気にしないでください。プリクラってそういう不自然になるものだとばかり思っていたので。私もこの方が良いです」
実際、変に加工されているよりも、今取れた写真のほうが良いと思う。美術をやっているとそういうところに目がいってしまって違和感ばかり感じてしまうのだ。
時計を見るともう随分と遊んでいたようで、そろそろ他の場所へ行こうかと、また手を引かれてゲームセンターを後にした。
誰かが私を揺さぶっているのだろう。肩の辺りに触れられている感触がある。
「もう…………よ……起き……奈…………」
ぼんやりとした意識の中、声が聞こえる。
「……奈、佐奈ってば」
どうやら私を呼んでいるらしい。もう朝なのだろうか。ならば学校に行く準備をしなくてはならない。
眠い目を擦って、無理やりに体を起こす――いや、起こそうとして、違和感を感じた。
おかしい。とてもベッドに寝ている感覚とは思えない。
そこまで不思議に感じると、少しずつ意識は覚醒し始めた。
「……あれ?」
暗い世界に光が差し込む。
目覚めた私の視界に飛び込んできたのは、向かいの座席に座って新聞を読んでいるスーツ姿の男性と、その窓の向こうに見える、夕焼け空の下を流れていく景色。
「起きた?」
耳元で聞きなれた声がした。ここ数ヶ月の間に随分聞くことの増えた声色だ。それと同時に右即頭部から腕の辺りにまでかけて、何かに触れている感覚があった。
未だおぼろげな意識で顔だけそちらへ向けると――眼前にみや先輩の顔があった。
「へっ!?」
つい、びっくりして姿勢を正した。そんな私を見て何がおかしかったのか、彼女がくすくすと笑って、言う。
「よく寝てたね」
そこまで言われてようやく理解が及んだ。みや先輩とのデートで自分が思っていた以上にはしゃいでしまっていたらしい私は疲労から、彼女にもたれ掛かってまどろんでいたらしい。
昔の偉い人は言いました。家に帰るまでがデートです――と。
なのに帰りの電車の中とはいえ、こんな姿を見せてしまい、しかももたれ掛かっていたなんて、情けないやら恥ずかしいやらで言葉が出てこなかった。
漸く出てきたのが「すみません……」と蚊の鳴くような声での謝罪だった。
「気にしないで。私が連れ回し過ぎちゃったのが悪いんだもん、ごめんね?」
「いえ、先輩は何も悪くありません」
「本当に気にしなくていいから。それに、良いものも見れたし」
「良いもの……ですか?」
「佐奈の――寝顔」
「そ、そんなの別に良いものじゃないです」
「私にとっては良いものだもん」
今度は私が寝顔のことでからかわれている間に降車駅へと到着する。
駅の改札を抜け、待ち合わせ場所だった噴水前までやってくる。楽しい時間は直ぐ終わるなんていうけれど、本当に時間が経つのは早く、みや先輩とのデートももう終わりだ。
月曜日になればまた学校で会えるのは分かっていても、一抹の寂しさを感じながら、別れの挨拶をすべく口を開く。
「先輩、今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました」
「私も楽しかったよ。来てくれてありがとう」
それじゃあ――と、私が背を向けかけた時だった。
「佐奈!」
呼び止められ、どうしたのだろうと、みや先輩へ向き直すと、彼女は少し照れくさそうに握った右手を差し出してきた。
一瞬、ポカンとした私だけれど、何かを手渡そうとしているのだと気付いて手のひらを空に向け、彼女の手の下へ持っていくと――そっと、優しく何かが置かれた。
「これ……」
「えへへ、お揃い!」
手渡されたのは、私がゲームセンターで狙っていたイルカのキーホルダー。それのピンク色のほう。もう一つの水色のイルカは、みや先輩が左手に持っているのを見せてきた。
「どうしたんですか、これ」
「佐奈がお手洗いに行ってる間に取ったんだ!」
「でもその後、沢山失敗してましたよね?」
「感づかれたくなくて、わざと失敗してました! 私の演技も中々でしょ?」
ペロっと舌を出して、してやったり顔な、みや先輩。これは――ちょっと悔しいけれど、一本取られてしまったようだ。
けれど、それ以上に。
「凄く――嬉しいです。大切にしますね、先輩」
キーホルダーを胸元で両手で大事に握り締め――私は、微笑んだ。
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