第3球

「バイバイそーちゃん」

「じゃーなー」

「あぁ、また明日」


僕らが通う県立矢姫高校は、県内の中でも進学に重視を置いた進学校だ。…生徒からは皮肉をこめて「自称進学校」と呼ばれているが。

ともあれ、そのお陰もあり部活は6時半まで、7時までには完全下校だ。僕らはいつも駅少し前の交差点で別れる。祐と悠里は電車で、僕は徒歩でそれぞれの家路につく。


「んー……」

今日は体育館の使用部の兼ね合いで午後練だったが、明日からは殆ど午前練になる。

もう少し頑張って練習しないとダメなんだろうな、という思いが頭をよぎる。

今日が7月30日。「ジュニア」と呼ばれる夏の大きな大会まで、あと2週間ほどだ。

僕ら一年はまだ、県大会を狙うことすら難しいレベルにある。

「…おっと、『1名を除いて』だったな…」

つい思考が声で漏れ出す。


家路の途中には商店街がある。

閉まっている店も少なからずあるが、多くの店や街灯の眩しい輝きが夜を明るく染め上げている。

そこを抜ければすぐ先のはずだった。


「……くん、やっぱすごいわねぇ」

「県はほぼ確実なんでしょう?本当に強いですね!」


商店街のおばちゃんと、お客さんの話し声だろうか。

それが耳に届き、「彼」だと理解した瞬間、何故か商店街へ向かうはずだった足が急に90度曲がった。

もと来た道とは反対側、学校から遠ざかっていく形で次第に足が早くなる。

走り出す。

(僕は何をしているんだ?)

(彼が強いのは当たり前じゃないか)

(なのにどうして、僕は…)


(こんなに、胸が、痛いんだろう)


周囲の目は彼を、帰宅を急ぐ生徒としてしか見ない。

どのくらい走っただろうか。特段あるわけでもない体力が尽き、息が切れた。

(…あ)

慌ててスマホを取り出し、LINEを開き、そろそろ帰るはずである母親に「少し遅れる」とメッセージした。


「…帰らないと」

スマホの地図を見ると、1キロほど離れた住宅地に来てしまったらしい。


家への道が、遠く感じられた。

普段より足が、何倍も重かった。

自分の中で感情の嵐が、吹き荒れていた。


荒れ狂う感情の叫びを胸に抱え、倒れそうになりながらも必死で歩いた。

そして、住宅と住宅の狭間、使われなくなった古びた倉庫の前に差し掛かった。


カコン。パコン。

「…え」

それは、嫌という程聞き慣れた音。

しかし、決してここで聞くことはないはずの音。

だけど、確かに耳に届いた。


倉庫のドアの隙間から、わずかに光が漏れている。

僕がそこにたどりついて顔を向けるのと、

カァン!という一際大きな音が響くのが、

同時だった。


次の瞬間、顔面に何かが高速でブチ当たった。


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