Ⅱ
渡りに船、地獄でヴィーネ神。
森に入る手間が省けるなら、願ったり叶ったり。
「お前たちは荷物を部屋に置いてこい。これも頼む」
背嚢をシーネに預けると、押っ取り刀で声の方へ向かう。
人相の悪い連中は、ムエレ親分とやらの身内か。
「おいおい、見せもんじゃねえぞ!」
破落戸たちから怒声が飛ぶ。鋼の雨にビビらない俺が、素人の叫び声にひるむかよ。
「おあにいさん方。こんな虫けらなんぞ、気にせずはなしを続けてどうぞ」
棒を杖代わりに、にっこりと微笑む。
「どこかへ散れっていうのがわからないのか」
チンピラの一人が、手に持った
薪雑把が振り上げられ、振り下ろされるのを見てから、擦り上げるように下から相手の手首を打つ。
「先に手を出したのはそっちだぜ。俺は部外者だが、自分がどこにいるのは自分で決める。あんたたちに、あれこれいわれる筋合いはない」
売りことばに買いことば。
面倒を避けるため、いつも親分さん達には気をつかっていた。それが渡世人の生き方だ。だが、渡世のしがらみを捨てるなら、破落戸連中にペコペコする必要はない。
「おい、先にこいつから片付けろ!」
鈍く光るは鋼の光。
「抜いたな。売られた喧嘩は買わせてもらうぞ」
よほど打ち所が悪くなければ、死ぬこともあるまい。
真っ直ぐ突き出した棒は、なまくらを抜いた男の手を打つ。地面に落ちる金属の音。そのまま
腕っ節に自信はあっても、所詮は素人。棒で大きく薙ぎ払うと、思わず後ろへ飛び下がる。
「お前たちは棒使いのユーエンの名を知らんか。鹿人が悪いのであれば、お前らに加勢してもいいが、どうせ鹿人を騙そうとでもしたんだろうよ」
「コイツラガ、嘘ヲツイタ。ダカラ怒ッテイル」
片言ではあるが、はっきりとした人間のことば。鹿人がしゃべることができるのは、本当のようだ。
「おいおい、お前ら嘘つきだっていわれてるぜ。どっちが嘘をついてるんだ」
剣を落とした男が、右手を押さえながらわめく。
「薬草を持ってくれば、酒と交換してやるとはいった。だが、こいつらは、決めた量以上に酒を寄越せと暴れるんだ」
ならば鹿人の方が悪い。俺はことばを発した鹿人の方に視線を移す。
「ヒト袋、酒イッ本ノ約束ダ。薬草ニジュウ袋ダカラ、ニジュウ本」
ズカズカと近づくと、鹿人の袋を棒先でひっかけ、左手で受け止める。ずっしりした重み。袋はパンパンに膨らんでいた。
「袋の中身がスカスカだとか、重さが足りないというのなら鹿人が悪いが、これはぎっしりと詰まっているぞ。イチャモンつけずに、約束をちゃんと守ってやるのが筋というものだろうが」
正直なところ、鹿人とムエレ側のどちらが正しいかはわからない。
「しょせん、こいつらは半分人間の
馬脚を現したのは、破落戸の方だった。
「信義を破るのであれば、人間じゃないのはお前らの方だ。任侠の道を踏み外したのであれば、畜生はお前らだ」
「ここに酒が十本ある。あと十本は俺が買ってやるから、薬草の袋を持ってついてこい。約束は約束だ。薬草十袋はそこに置いておけ」
鹿人たちが顔を見合わせる。
残るのは五人の鹿人。お供を連れて、さきほどの酒場に向けて歩き始めた。
「親父さん、強い酒を十本頼む。代金は俺が払うから、こいつらに渡してくれ」
常連たちの目が丸くなる。酒場の中に鹿人が入ってくるということなど、なかったのだろう。
酒場の親父が、頭の中で激しく考えをめぐらせているのがわかる。
ムエレ親分に逆らうことにならないか。この男は何者で、逆らうと店で大暴れされないか。答えはすぐに出たようだ。
「わかりました。蔵から取ってきますんで、そのままお待ちください」
そういうと、慌てて裏口に姿を消す。
ムエレ親分にご注進というところか。まあいい、どのみちケリをつけなければならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます