背嚢は胸に、背には女をおぶっての道中。思ったより、むっちりとしたシーネの肉置ししおきを背中に感じながら街道を行く。このまま走って次の町まで行くこともできるが、それではネリーがついてこれまい。

 どこか適当な場所で野営をしようと思うが、適当な水場も見つからなかった。準備する時間を考えると、日が暮れる一刻前には野営地を決める必要がある。

 できれば平らな場所で、下草は少ないところ。街道から離れすぎては困るが、近すぎるのも問題だ。野生の獣は恐ろしいが、悪意を持った人間よりはマシ。

 全ての条件が満たされる場所はなかなか見つからない。こうなっては、しかたない。斜面になっていない場所を見つけ、少し早めに野営の準備をはじめることにする。一人なら木の上に眠るのだが、三人ならそうはいかない。

「ここで野営をおこなう。下草を刈っておくのは獣や蛇、虫を遠ざけるためだ。ネリーはできるだけ乾いた木の枝を集めてこい。あまり遠くに行くなよ。シーネは石でかまどをつくれ。石は俺が下草を刈りながら拾ってくる」

 一人なら、下草を刈るような面倒なことはしない。だが、基本を知っていて省くことと、基本を知らないことは違う。野営のイロハくらいは教えておこう。

 なたか山刀でもあればよかったが、残念ながら手元にあるのは短剣のみ。腰を屈めて、下草をどんどん刈り取っていく。これくらいで疲れるような鍛え方はしていないが、楽ができればそれにこしたことはない。次の町では、一本手に入れておこう。

 大きな音を立てて草を刈ると、虫がゾロゾロと逃げ出していくのが見える。ゲジゲジ、ゴキブリ、動きの鈍いのは甲虫だ。蛇の姿は見えなかったが、下草があれば眠っている間に外套の中へ入り込んでくるかもしれない。

 いくつかの石をシーネの方へ放ると、石を拾った後にシーネがチラチラとこちらを見ているのがわかった。なんだろうかと少し考え、はたと気がつく。

「俺の背嚢に鍋が入っているから、その大きさにあわせて竈をつくって欲しい」

 やはりそうだったのか。少しシーネの顔に笑みが浮かんだように思った。鍋にあわせて竈をつくれば、薪が無駄にならない。だったら、そのことを口に出せばいいのだ。山賊にひどい目にあったということだけではなく、この女は昔から余計なことを口にしないように仕込まれていたのかもしれない。ならば、その相手は殺された旦那ということになる。

 下草を刈り、三人が横になっても問題ないくらいの場所が出来た頃、ネリーが両手に木の枝を抱えて戻ってきた。

「竈の横に木の枝を置いてくれ。木の枝を二つに折ったとき、ポッキリ折れるのは乾いているもの。なかなか折れないのは乾いていないもの。はじめに乾いた枝を使い、火が強くなったら乾いていない枝を足していく。生木は煙がでるから、誰かに見つかりたくないときは使うな」

 シーネは手慣れた様子で火打ち石を使い、竈に火をおこす。鍋に水筒から水を注ぎ、干した肉、煎った麦、野草で汁をつくる。今日の晩飯はこのスープだけだ。

「なかなか旨いな。塩加減が絶妙だ」

 怒鳴ってしまったことへの罪滅ぼしに料理を褒めようと思っていたが、じっさいスープはおいしかった。ネリーも同じ気持ちのようだ。しばらく夢中で食事を続け、少し場が和んだところで重要なことを切り出すことにする。

「ここで伝えておきたいことがある。お前は、なぜ槍を捨てたのかといったな。槍を捨てたのは、大身おおみ槍を抱えた孑孑ぼうふらのウェイリンという男を消すためだ」

 ポカンとするネリーと、特に反応がないシーネ。しかし、ともに旅を続けるなら説明しておかなければなるまい。

「これから俺はユーエンと名を変える。別に悪名を払拭したいとか、そういうものではない。棒術の達人であるユーエンという人物になることで、ある人物の足跡をたどりたいんだ」

「そんなことして、なんか得があるの?」

 ネリーという小娘の質問はもっともだ。父親の足跡をたどっても、なんの得もない。それどころか、突然子を置いて姿を消すことになったのだ。なにかの因縁で、命を狙われるかもしれない。

「損得を考えるのは商人だといっただろう。必要だからそうするだけだ。渡世人ではないわけだから、お前たち二人を連れていても危険は少ないはず。ついてくるのはいいが、一緒に旅をしている間に身の振り方を考えろよ」

 ネリーが笑いながらいう。

「自由に旅をするのは憧れだったんだ。腕のいい護衛もいるし、世界を見て回りたい」

 子どもらしい願いだ。俺も小僧だった頃、同じような夢をみた。飽きっぽい性格のようだから、ネリーはすぐに旅にも飽きてしまいそうだが、そうなれば実家に帰るのだろうよ。

「シーネさん、あんたはどうするんだ」

 竈に視線を向けたまま、無口な女はなにも語らなかった。ネリーとは、会話をしているようなのだが、俺とはほとんど口をきかない。

「まあいい。旅をしているうちに、なにかが見つかるかもしれない。しかし、靴擦れの件もそうだったが、困ったり無理だと思ったら遠慮なくいってくれ。俺とはなしをしにくいなら、ネリーでもいい。俺たちは仲間だ。遠慮はいらない」

 やっとシーネは、コクンとうなずいた。

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