来由

「お前――いや、あなたが孑孑ぼうふらのウェイリンか」

 小役人の口調がかわる。

 嫌な予感しかしなかったが、否定するのには手遅れだ。

「ああ、俺が孑孑ぼうふらのウェイリンだ」

「あなたが来れば、連れてきてもらいたいという人がいる。我々についてきてもらいたい」

 初めて来た町。知り合いなんていない。ならば、誰が呼んでいるかなど、考えずともわかる。

「このあたりに、知人はいないんだがな。ついて行かないといったらどうする」

 槍の握りを少しずらし、相手を威嚇する。業物わざもの大身おおみ槍を無視できるほど、肝は太くあるまい。

「力ずくで連れてこいとはいわれていない。ついてこないなら、そう報告するだけだ」

 頭ごなしにいわれると逆らいたくなるが、小役人はそこまで強く出なかった。女二人の処遇も考えなくてはならない。ここはオッサンに一肌脱いでもらおう。

「どうせゴドリエルというオッサンだろう。おとなしく、ついて行くよ」

 だが、いったいどこで追い抜いたのだろう。一つ目の集落に行っていた時か。オッサンから逃げ出して東に行くことを予想した上で、さらに東の町で待ち伏せしてたのか。

 あまり考えても仕方ない。護衛が二人ついたものと思うことにしよう。

 小役人と部下は馬に乗り、俺たちはその後をついて行くことになった。馬車なら同乗することもできただろうが、ネリーとシーネを役人の鞍に乗せるわけにもいかないだろう。右に左に揺れる馬の尻尾を眺めているうちに、ラルマンドの町へ到着した。


 ラルマンドは東方一の大きな町。

 日が暮れても、大通りは街灯で昼間のようだった。小役人は町に到着する少し前に馬を走らせ、俺たち三人は小役人の部下に連れられて、大通りを進む。しばらく町並みを眺めながら歩いていると、小役人が現れ、ひときわ賑やかな店の前に俺たちを導いた。

 <タンプ亭>という名の店は、二階建ての大きな酒場兼食堂で、表からでも店内の喧噪が響いていた。

 小役人に導かれるまま二階の個室に入ると、予想通りフゲン・ゴドリエルが円卓に座っているのが見える。

「待っていたよ、ウェイリン君。そちらのお二人はお友達かな」

 フゲン・ゴドリエルの正面に腰をおろすと、ネリーは俺の左、シーネは右に座った。

「途中で山賊から助け出してきたんだ。あんたなら、この二人の面倒をみるくらいできるだろう。こちらはネリー。親は商人らしいから、家に連絡を取って欲しい。こちらはシーネ。旦那を山賊に殺され、行く当てはないそうだ。仕事と住む場所をなんとかして欲しい」

 さあ、この頼みを飲むのだろうか。もし、この願いを受け入れるというのであれば、俺に何かをさせようとしているということになる。

 オッサンは立ち上がり、壁に掛かっている引き紐を何度か引いた。すぐに店員が現れ、二人をどこかへ連れ出していく。フゲンは席に戻ると、しばらくこちらを凝視してからいった。

「人相が悪くなったな。特に目が怖い。短い間に大勢の人間を殺したな」

「そうさせたのはお前だろうが。たしかに、槍一本で生きてきた。だが、毎日のように人を殺すような生活をしていたわけじゃない」

 フゲンは、一つため息をついた。

「山賊とやらのことは、ワシに関係ないぞ。お前があの二人を助けたのも天命だ。そして、ワシと出会ったのも――」

 てのひらを円卓に叩きつけ、オッサンのことばを遮る。

「貧乏で飢えて死ぬのも天命。山賊になぶりものにされるのも天命。流行病で死ぬのも天命。そんな天命ならごめんだ。神がいるなんて嘘っぱち。本当に神なんてものがいるなら、今ここで証明してみせろ!」

 部屋を沈黙が支配し、他の客があげる嬌声だけが響いていた。

「神がいないというなら、神官たちが起こす奇跡はなんなんだ。神の奇跡で、ケガが治ることを知らんわけでもなかろうに」

「神にそんな力があるなら、ケガや病気で苦しんでいる全ての人間を救ってやれよ。罪深い大人なら、神が助けないのもわかる。だが、無垢な幼子はどうなんだ。俺は神も天命も信じない。おのれの腕だけを信じる」

 俺のことばに、フゲン・ゴドリエルは笑った。大声で笑った。

「やはり、お前も父親と同じだな」

「お前は俺の父を知っているのか」

 フゲンのオッサンは首を横に振った。

「直接は知らん。だが、前任者からは報告を受けていた」

 前任者というのはどういうことだ。この男はなにかの組織に属しているのか。なにか目的があって俺を、自分たちの駒にしようとしているのだろうか。

「お前の父親は棒術の達人だった。棒は貧者の武器、殺すためのものではない護身の武器というのが口癖で、虐げられた者、力のないものに棒術を教えていたという。ある町で美しい娘と出会い、お前が生まれた。風来坊だったお前の父は、子どもが産まれたことで旅をやめ、真っ当な暮らしをすることにしたらしい」

 そこまでいうち、フゲンは木の椀に入った飲み物を一気にあおった。

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