「そこでお前が生まれ、理由はわからないが母君が亡くなった。それからだ、お前の父親が変わったのは」

 わからない、なんてことはないだろう。こいつが口に出さないというのには、なにか理由があるはずだ。たとえば、母が死ぬ原因となった人物がまだ生きているというような。

「請われれば誰にでも棒術を教えた。それだけでなく、人ならざる者たちにも積極的に武術を教えてまわった。理由はよくわからんがな」

 一つ目たちに武術を教えていたのも、その一例なのだろう。何のためにそんなことをしていたのか。人間の技を一つ目に教えることで、結果的に町が襲われることになった。ひょっとして、父は人間を攻撃させるために武術を教えたのか。

「どうだ、ワシがお前の父親について調べてやってもいいぞ」

 これがオッサンの目的か。父親の情報を教えるかわりに、俺をこき使おうというのだろう。

「まず、あんたが勘違いしていることが二つある。一つは、俺が父親のことを知りたがっていると考えていることだ。俺は父を好きだったが、その行跡を知りたいと思わない」

 フゲン・ゴドリエルは顔を歪ませた。

「もう一つは、俺が武術を学んだ理由が、英雄になったり有名人になるためではないということだ。俺が武術を学んだのは、人に指図されるのが嫌だからだ。自分の思うままに生きるために強くなった。だから、あんたの操り人形になると思ったら大間違いだぞ」

 本当は、父が何をして、どう生きたのか知りたかった。だが、こちらが興味を示せば主導権を相手に取られてしまう。物欲しそうな顔の犬は損をするのだ。

「そうか。だったらこの仕事はなかったことにしよう。ワシも、お前のことをまだまだ理解していなかったようだな」

 この仕事というのが、なにを示すのかはわからなかったが、どうせ碌なものではあるまい。

依命扶翼牌はいめいふよくはいの任は果たした。ここからは好きにさせてもらう。あんたのような大物なら、女二人の世話くらいできるだろう。あの二人を頼むぞ。これは山賊のところから持ってきた金だ。あんたに託す」

 そういうと、金の入った巾着袋を放り投げる。オッサンは片手で受けとると、手のひらの上で重さを確かめた。

「銀貨もあるな。少なくない金が入っているように思うが、これを全部渡してもいいのか」

 音で銀貨がわかるとは、どんだけ金が好きなんだ。まあどうでもいいことかと、うなずいて見せる。

かねに縛られるのも、権力に縛られるのと同じというわけか。骨の髄まで放浪者なんだな。わかった、今回はこれで別れることにしよう。女たちの身の振り方には責任を持つから、心配はするな」

 これでフゲン・ゴドリエルとはお別れだ。

「酒の一杯くらいはおごってくれ。それくらいしてもらっても、バチは当たらんはずだ」

 そういうと、円卓の上にあった木の椀を取り、オッサンの前に差し出す。

 笑顔になったオッサンが、酒をそそいだ。注がれた酒を一気に飲み干すと、大身おおみ槍を手に出口へ向かう。

「ああ、ひとつきき忘れたことがある」扉を開き、部屋の外へ出るときに、当たり前の事であるようにいった。「俺の父の名前を教えてくれないか」

 一瞬だけ真顔になったオッサンは、すぐに相好を崩して答えた。

「ユーエンというのが、お前の父親の名前だ」

 必要なことは全てわかった。


 金がないので、人気の無い路地で野宿。見栄を張らずに、フゲンのオッサンに宿代くらい払ってもらえば良かったと少し後悔する。まあ、季節は夏。外で眠ってもなにも問題はない。

 しばらく待って、商店が開きはじめると武具屋に飛び込んだ。

「すまないが、この大身おおみ槍を買い取ってもらえないか」

 なかなかの業物わざもの。しかしこしらえは無骨で、丈夫なことしか取り柄がない。

「悪くない槍だが、これほどの槍を使える戦士はほとんどいない。つまり売れないということだな。売れない物を買うんだから、払いは渋くなるぞ」

 いくらで買うつもりだ。この大身槍を用意するのに、鍛冶屋へヴィーネ金貨一枚支払ったんだぞ。

「いくらになるか教えてくれ」

 武具屋は、しばらく考えた上で答えた。

「正銀貨一枚」

 二十分の一。まあ、それくらいだろうな。

「正銀貨一枚だって。鋳直いなおした時の鉄の代金にもならないぞ。正銀貨五枚の値打ちはあるはずだ」

「正銀貨五枚あれば、山ほど鉄を集められるぞ。精々正銀貨一枚がいいところだ」

 少し考えるふりをする。たたみかけても意味はない。

「だったら、こういうのはどうだ。支払いは正銀貨一枚でかまわない。そのかわりに、出来のいい棒が一本欲しいんだ。薄いかねの板で補強されたような棒はないか」

 渡りに船。武具屋の親父には心当たりがあるらしく、すぐに奥に入ると背丈より少し長い一本の棒を持ち出してきた。

「だったらこれはどうだ。なかなかの出来だと思うぞ」

 両端は金属に覆われ、黒光りする棒は確かに悪くなかった。

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