「伏せろ!」

 盾にされていた女に声をかけるが、即座に反応できるわけもない。だが、頭を上げなければそれでいい。

 女の頭越しに剣を突き出す。

 顔を強く突くのは間違いだ。骨で刃が欠ければ、槍でも剣でも思わぬ時に折れてしまう。

 の長い特別製あつらえの剣は、額につぶてを受けてふらつく男の両目の間を打った。

 殺すための一撃ではなく、意識を失わせるための一撃だ。

 そのまま女の横をすり抜けると、へっぴり腰で槍を構える男の穂先を切り落とし、返す刀で喉仏のどぼとけを切り裂く。

 あと一人。素人でも、さすがに山刀を振り上げている。

 だが遅い。

 男の土手っ腹に穂先を突き立てると、そのまま右に切り払う。

 力を失った山刀を後ろに飛び退すさってかわすと、男の手からポロリと刀が落ちた。

 男は両手で腹を押さえるが、その隙間から白い芋虫が外に出ようと暴れている。自分のはらわたを相手にしているうちは無害な存在だ。

 女のすすり泣く声。喉から空気を吸っている男の甲高い呼吸音。腸を戻そうとする男のヌチャヌチャという音。

「そこの女たち、助けてやる。俺についてこい」

 すすり泣きながら、二人の女は俺の方へ駆け寄ってきた。

 逆らうと恐ろしいからなのか、助けてもらったと思っているのか。そんなことは、どうでもいい。

「洞窟の中には誰かいるか」

 二人は首を横に振る。

「洞窟に金目のものはあるか」

 二人は顔を見合わせて、控えめにうなずいた。

「町に戻っても、金がなければ生きていけないだろうよ。待っているから、できるだけ早く持ってくるんだ。あまり時間がないぞ」

 自分で宝探しをする気にはなれなかった。

 洞窟に戻るのかと思ったその時、女の一人が落ちている山刀を拾い上げると、自分のはらわたと格闘している男の脳天に叩きつけた。

 頭蓋がパックリと割れ、血が飛び散って女を朱に染めるが意に介さず、そのまま洞窟の中に駆け込んだ。どんだけ恨まれてたんだよ。


「あんたらの名前をきいてもいいか」

 山道を東へ進む道すがら、ひょんなことから助けた女たちと三人旅。とりあえず、この二人をなんとかしないとな。

「私はネリー。助けてくれてありがとう」

 山刀で山賊の頭をかち割った女は、よくみるとひなにはまれな美人で、まだ十八にもなっていないだろう。その瞳は強い光を湛えていた。チラリともう一人の女へ視線を送ると、おずおずと声を出した。

「お助けいただき、ありがとうございます。シーネと申します」

 こちらは地味な女。三十路を越えているようには見えないが、もう一人ほど若くはない。

「とんだ災難だったな。あんたたちは、帰るところはあるのか」

 シーネがわっと泣き出した。それが答えなのだろう。

「父が大きな商館をやってるから、連れ帰ってもらえればご褒美がもらえるはず」

 こちらは大丈夫なようだが、金持ちの娘なら山賊なぜ身代金を求めたりしなかったのだろうか。

「いま、なんで身代金を取らなかったのかって考えた? 普通は金持ちの娘なら、親に身代金を払うように脅すだろうって」

 心を見透かされ、苦笑する。

「普通はそうするものだけど、あのビーレアっていう腰抜けがビビって、身代金を強請ゆすることもしなかった。それであたしは山賊共に――」

「山賊の親分は俺が殺した。もう忘れろ」

「ざまーみろ」

 そういってネリーは大声でケタケタ笑う。勝ち気な性格なのだろうが、明らかに心のたがが緩んでいる。いや、壊れているのか。

「そっちのあんたは、頼る人はいないのか」

 ボロボロと涙をこぼすシーネは、ポツリポツリと言葉を絞り出す。

「ラルマンドに仕事があるというので、主人と一緒に山道を歩いていたんです。その時、突然あいつらが現れて主人を殺して――。遠い親戚ならいますが、私が身を寄せるような所は――」

 そこまでいうと、さめざめと泣き崩れる。

「いったん休憩にしよう。軽く飯でも食うか」

 中食ちゅうじきには遅く、夕食には早いが仕方ない。枯れ木を集めて火を起こし、湯を沸かすと干し肉、煎り麦、岩塩、食べられる野草を鍋に放り込む。満腹になれば、気も晴れるかもしれない。

 鍋の用意ができると、煮立つのを待つ間に、先ほどネリーに渡された袋の中身を見てみることにした。山賊のお宝だ。

「たしかに、大した山賊ではなかったようだな」

 ヴィーネ金貨は一枚。正銀貨が十五枚、銅貨が少し、鐚銭びたせんが沢山。腕輪や指輪、首飾りはあるが、値段の高そうなものはない。ネリーの方を見ると、いつのまにか指輪と首飾りを身につけていた。自分のものというわけか。まあ、別にかまわんが。

「ネリーさん。あんたの家が金持ちならば、この金はシーネさんに渡そうと思うんだが、かまわないか」

 変なものを見るような顔で、ネリーはつっかかってくる。

「あたしたちを助けてくれたんだから、あんたがそれを取るべきじゃないの。金が必要ないなら、なんでわざわざ山賊を殺したに来たの」

 なぜか、と問われると難しい。そうするのが正しいと思ったからだ。

「自分が正しいと思うことをする、それが任侠にんきょうの道だ。金のために荒事をしたとすれば、それはただの傭兵ようへいじゃないか」

 気取って見せるのは、男一匹金など無くとも生きていける自信があるから。そして、シーネという女には、そんなものはないだろうよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る