「お前の名前は」

 恐怖のあまり声も出ないようなので、もう一度ドスのきいた声で質問を繰り返す。

「セロラ、俺はセロラっていいます」

「仲間は何人いる。ねぐらはどこだ」

 山賊にも、山賊なりのおきてがあるのだろう。だが、そんなことは知ったこっちゃない。

 ためらいもなく、大身おおみ槍をセロラの頭に振り下ろす。

 セロラという男は死んだと思ったはず。別に殺したいわけではなく、情報が欲しいのだ。

「次は殺す。人を殺すことなんて、俺には大したことじゃない。他の死体と同じようになりたくなければ、質問に答えろ」

 こいつが義理をたてて、命を捨てるような男なら面白いと思ったが、そんなことはなかった。

「仲間は全部で十三人。この森の奥にある洞窟で暮らしてる。だから殺さないでくれ!」

「向かって来ないなら殺さねえよ。ただ歩いているだけの俺を襲ったのはそっちだ。脅しではなく、矢は俺を狙っていた。殺そうとしたんだから、殺されてもしかたないだろうよ。お前らの塒につれて行け。お前は殺さずにおいてやる」

 男は立ち上がり、トボトボと森に向かった。


 山賊たちのところへ行って何をしたいのか。旅人の安全のため、などという殊勝な考えはない。

 英雄好漢になりたいわけではないが、大抵の山賊たちは罪なき者を虜にしていることが多い。始めたことは、最後までやり遂げないと気分が悪いだけ。

「セロラといったか。なんで山賊なんてしてるんだ。みる限り、人殺しが好きなようには見えないが」

 こちらに目を向けず、セロラはいった。

「自分も普通の百姓でしたが、年貢と人頭税が高くて家にいられなくなったんです。町に働きにいっても仕事はないし、食い詰めた仲間と西へ向かおうとしたときに、親分と出会ったんです」

 暮らしに困り、山賊の仲間入り。良くあるはなしだが、こんな普通の男が山賊になるとは世も末だな。

 コブハ村の件もそうだが、王の治世が良ければ山賊など増えないはずだ。政治になど興味はないが、今のセヴラウル王が即位して十五年。先代の王を知る人にいわせると、税は上がり生活は苦しくなったという。ゴロツキの俺がいうのもおかしいが、真っ当に暮らそうとする人間が正道を踏み外す国はろくなものではない。

「その親分とやらはどうした」

「一番はじめに首を斬られたのが親分です」

 頭目は死んだ。ならば残るのは烏合の衆。追い散らしてしまえばいいだろう。

 歩くこと半刻。セロラが立ち止まり、この先に洞窟があると囁いた。仲間に俺の来襲を伝えるような素振りもない。

「おい、これから俺はお前たちの塒に向かう。仲間たちが逃げるのであれば、わざわざ殺したりはしない。だが、向かってくるなら斬り捨てる。ここで俺と出会ったのも何かの縁だ。お前が逃げるなら追わない。もし、この近くで姿を見かけたなら、また山賊に戻るつもりだと判断して殺す。いいな」

 セロラは大きくうなずくと、いま来た道を駆け戻っていった。

 あの男がどうなろうと、知ったことじゃない。運が良ければ生き延び、悪ければ死ぬだけだ。

 人の歩いた跡をたどると、たしかに洞窟が見えてくる。

 穴の前には見張りが一人。手には槍。まともな防具も持っていない。

「おい、山賊たち。武器を捨てて逃げ出すなら、命までは取らん。だが、戦うのであれば全員のそっ首ねてやるぞ」

 洞窟の前に出ると、いきなり大声で怒鳴る。

 俺の姿をみた見張りは、気持ち悪い声を出して洞窟の中に駆け込んだ。

 セロラが本当のことをいっているのであれば、残りは六名。

 洞窟の中に斬り込むか、出てくるのを待つか。

 入り口がここだけとは限らない。別の出口から逃げ出すという可能性もあるだろう。

 どうしたものかと思いあぐねていると、洞窟の中から人の気配。

「おい、そこの男。武器を捨てろ。おとなしく俺たちを逃がさないと、こいつらを殺すぞ」

 暗闇から姿を見せたのは、女を盾に剣を構えた男たち。

 四人、五人、六人。盾にされた女が二人。セロラは嘘をつかなかったようだ。

 男のために、苦海くがいに身を沈める女がいる。親に売られる娘がいる。

 だが、二人の女が山賊に慰みものにされる理由はないはずだ。弱いということ以外には。

 弱者は強者の餌食にされる。その弱者はさらに弱い者を襲う。弱肉強食は世の習いだというなら、より強い俺がこの世界の不条理を正してやる。

 大身槍から手を離すと、ドスンという音を立てて槍が地面に落ちた。

 ホッとする山賊たち。

 しかし槍を捨てたのは、降参するためではない。隠しポケットに手を突っ込むと、丸いつぶてを握り、抜き出すとともに手首の返しだけで女を押さえている片方の男の目に向かって投げた。

 ガツンという音が鳴り、男が右目を押さえたときには、次の礫が宙を舞い、もう一人の女を押さえている男の額に血しぶきがあがる。

 短剣を抜くと、相手との間合いを一瞬で詰め、頸動脈を掻き切る。真っ赤な血が霧のようにあたりを覆うが、その時には、隣の男の心臓に短剣を突き立てていた。

 そのまま剣を腰の捻りで抜刀すると、へそのあたりを薙ぎ払う。臍の上には肋骨あばらぼね、臍の下には腰骨があるが、臍のあたりなら背骨しかない。そのまま腰斬ようざんすると、男の上半身だけがズルリと横に滑り落ちた。

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