治政

 知りたかった。しかし知ったところで、どうということもなかった。父の足跡そくせきをたどることは興味深かったが、今となってはそのことに拘泥こうでいするつもりもない。

 それより、気に食わないのはフゲン・ゴドリエルだ。俺がこちらに逃げることを予想し、父ちゃんの足跡をたどらせた。結局、フゲンのオッサンの手のひらの上で踊らされていただけだ。俺に何かをさせたいのか。

 頭に浮かぶのは、父もオッサンに使われていたのではないかということ。まあどうでもいい。酒がまわり、いつの間にか眠っていた。


 テーラの町に戻るとブリエリ町長のところへ向かい、あらましを伝える。報酬はいらないので、月に一回豚を送ることを忘れるなと念を押した。そのかわりに一つ目たちが薬草を持ってくるので、豚の代金の足しにすることも頼んだ。いずれは、森でしか取れないもっと価値のあるものを持ってこさせるので、当初の損は我慢しろとも伝えた。これで一つ目討伐は終わり。

 この平和がいつまで続くのかは知らないが、天下の豪傑孑孑ぼうふらのウェイリンに恥をかかせるなよと凄んでおいたので、当分は大丈夫だろう。喧嘩の手打ちは仲介者の顔を立てるもの。一度収めた矛を再び振り上げるということは、仲介者の顔を潰すことになる。つまり、俺のメンツが丸つぶれ。町長もそれは望んでいないだろうよ。

 はなしが終わると、その足で東へ向かう。

 フゲンのオッサンは西にいる。俺が文句をいうために、引き返してくると思っているのだろうが大間違いだ。父ちゃんの情報を餌に、こき使われるつもりはない。

 山の向こうには、ラルマンドという町。行ったことはないが、かなり賑わっているという噂をきく。足早に俺は東へ向かった。


 弓鳴り、風音。

 敵の姿は見えなかったが、左に飛びよけることで矢をかわす。

 近くに弓手の姿はないので、音をきいてからでも十分に対応できた。

 襲われる心当たりはないが、場所が場所だ。山賊の類いだろう。そして、人里離れた山中で大身おおみ槍を持つ一人旅の男を襲うなら、いきなり弓を射かけるのは間違っていない。

 再び弓鳴り。矢を避けながら、弓手を見つけた。

 右に左に、弓手に狙われないよう相手に近づこうとすると、案の定バラバラとむさ苦しい男たちが姿を見せる。

 やはり賊か。

 頭の片隅に弓手の場所を置き、背中を向けないようにと心に留める。

「おい、命が惜しけ――」

 最後までいい終わる前に、男の首は宙に舞っていた。

 縮地しゅくち

 もちろん魔術ではない。相手がこちらから意識をそらした瞬間に、彼我の距離を詰めただけだ。ただの素人相手なら、数の違いは問題にならない。

 そのまま、首のない男の右隣を槍で突き、石突きで首なしの左の腹を打つ。

 弓鳴り。

 体をひるがえして、袈裟けさに切り下げ、そのまま切り上げた。

 立っているのは五人。あと弓手か。

 三人がいる右に走ると、へっぴり腰で槍を突く男の喉を突き、そのまま薙ぎ払う。

 首の半分が切り落とされた男は、立ったまま首を真横にかしげた。

 しまった。

 横薙ぎで残る二人を仕留めようと思ったが、敵は武器を放り投げて一目散に逃げ出していた。

 虚しく空を切る大身槍。

 再び、弓鳴り。

 穂先で矢を切り払うと、一歩、二歩、三歩目で槍を弓手に向かって投擲する。

 グエッと鶏を絞めた時のような声を出し、弓手が倒れたのがわかる。

 腰の剣を引き抜き、あたりを見渡す。残りの四人は逃げたようだ。

 倒れた弓手のところへ行くと、右肩に大身槍が突き刺さった男がジタバタともがいていたので、側頭部を蹴って気絶させた。胸のあたりを踏み、槍を引き抜くと、傷口から濁った血があふれはじめる。

 こいつを生かす理由もないが、このまま放置するのも気分が悪い。男の上着を細く切り裂くと、傷口のあたりを強く縛っておいた。死ぬも生きるも運命次第。こいつが生き延びることで、他の誰かが死ぬかもしれないが、知ったことじゃない。俺はやりたいようにやるだけだ。

 六人が倒れている場所に戻る。五人は死んでいて、石突きで叩いた一人は気を失っている。死体から武器を取り上げるが、短剣やなまくらな山刀くらいしか持っていなかった。足を抱えて死体を引きずり、人の目が触れないところに置くと、財布を探して小銭を抜き取った。

 残りの四人の体も同じように処理する。

 残念だが、墓を掘る時間はない。

 すべてが終わると、気を失っている男のところへ向かい、活を入れて目を覚まさせる。

「おい起きろ。山賊め。起きろっていうんだ」

 少しずつ目に光が戻った男は、大身槍の血を拭う俺をみて、ギョッとした表情となった。

「あんたは……ヒッ」

 死体はないが周りは血の海。なにがあったかは一目瞭然。そのうえ、手には業物の大身槍。

「目が覚めたか。お前を殺すことは容易たやすいが、今日は気分がいい。これに懲りて、二度と山賊なんてやめるんだな」

 じっくり顔を見ると、目を覚ましたのは二十くらいの若者だ。頬はこけているが、悪人の要望ではなかった。

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