Ⅳ
朝飯を堪能すると、三日分の食料を背嚢に、水筒に井戸の綺麗な水を満たして出発だ。
一つ目が残した血の跡は、乾いてどす黒くはなっているが、どちらに進んだかはっきりと見分けがつく。
森までは徒歩で二日。命を懸けて、全力で戦うができることに心がおどる。
血液の量は徐々に減少していったが、その間隔には変化がなかった。よほど頑健な肉体なのだろう。日が暮れるまで歩き続けると野営の準備に取りかかる。火はなし。外套に
夢を見ていた。
父親がいるのだから、夢に違いない。
「父ちゃん!」
俺はまだ子どもだ。大声で叫ぶと、ニッコリ笑ってこちらに近づいてくる。なぜだかわからないが、両目からボロボロと大粒の涙があふれだす。
父ちゃんに伝えたいことが、沢山あるんだ。
俺は強くなったよ。滅多なことでは負けない槍の達人になった。俺が父ちゃんを守ってみせる。
嬉しそうに俺の両脇に手を入れると、父ちゃんは俺を高く持ち上げる。子どもの体は軽く、まるで大男になったようだ。
そして、目が合った。一つ目の巨人に。
不思議と一つ目の存在は恐怖の対象ではなく、こちらへの害意も感じなかった。
そこで、はたと目が覚める。
なんだろう今の夢は。なにかの啓示か。それとも、どこかで一つ目と出会ったことがあるのか。結局、夜が明けるまで、まんじりともできなかった。
家に入れてもらえなかったから、当てつけに殺さなかった。棍棒を振り回す一つ目の化け物を殺さなかった理由としては、あまりにも弱い。殺したくない別の理由が心のどこかにあって、それに気がついていないだけではないのか。まあいい。すべては一つ目たちの集落にいけばわかるだろう。
乾いて茶色になった血痕は、ついに俺を森まで導いた。ここから先は一つ目たちの領域だ。
ひとつの
腕くらいの太さで真っ直ぐに伸びた若木を探すと、
森の中に入ると、血痕を追うことは困難となる。太陽の方角と、短剣で木々に刻みつけた印で退路を確保しておくつもりだったが、すぐに
日が暮れそうになったころ、杣道が途切れ、急に大きな広場に出くわす。
俺は大身槍の石突きを地面に突き立てると、手作りの棒を水平に持って一礼する。
一つ目たちに困惑の表情が浮かんだ。強力な得物を捨て、細い枯れ枝のような棒に持ちかえたのだ。困惑は、一つ目たちが決して低くない知能を持っていることの証拠だ。
すぐに、特に体格のいい一つ目が一歩前に出た。他の連中よりも、さらに頭ひとつ大きい。盛り上がる筋肉は、両肩にそれぞれ頭があるのではないかと思えるほどだ。手には丸太のような棒。表面の樹皮は剥ぎ取られ、使い込まれて全体に鈍くテカっていた。
一つ目は丸太を水平に持つと、俺と同じように一礼してから右半身に構える。
背筋に戦慄が走った。やはり誰かが棒術を教えたのだ。未開の部族が竜尾などという技を使うはずがない。自然を相手にする場合、より速く、より強くあることだけが重要になる。棍棒の軌道に変化をつけて誤魔化すなどというのは、人間を相手にした時以外で役に立たない。
戦慄は痺れるような喜びにかわった。少し嬉しくなった俺は、あえて得意な右半身ではなく左半身に構えてみせる。武を尽くしての戦いなら、負けるわけにはいかない。棒を構えた瞬間から、駆け引きが始まっている。いや、撓る若木を棒にした時から、すでに戦いは始まっていたのだ。
一つ目は、丸太を軽々と振り回した。
さあ、どれくらいの腕前なのか。お手前拝見といこうか。
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