Ⅲ
こんなところまで悪名が広がっているのか。いや、広がっているなら悪名ではあるまい。コブハ村の件か。
「これこれこういう風体をした豪傑が、きっとこの町を通るから、化け物を退治してもらえと手紙が届いている。大きな穂先の槍、
手紙。誰がこんな
なぜこの町へ来るのがわかったんだ。よく考えると不思議でもない。鉱山での汚れ仕事が終われば、西へ戻ってオッサンに報告するか、東へ逃げ出すか。
道は二つに一つ。ならば、俺の通りそうな東の町へ
「あんたが、いや、あなたが
町長の口調が変わる。化け物退治を頼みたいなら当然か。
「ああ、そうだ。俺が
町長の表情が明るくなった。
「
「詳しい話をきかせてくれるか。とりあえず、中に入れて欲しいんだが、町長さん――」
「ブリエリです。お入りください。ウェイリンさん」
一つ目の化け物は、ずっと昔からテーラの町の近くにある森に暮らしていた。人が森に入り込むと殺されることもあったが、森から出てくることはほとんどなかった。
ところが半年ほど前から、突然町を襲うようになったらしい。はじめは豚や牛を狙っていたが、町の人間が抵抗すると人間も殺された。ひと月に一回ほど町は襲撃を受けたが、戦争の心得のない自警団では町を守れない。国王に兵を出してもらおうとするが、被害が少なすぎると相手にされなかった。八方塞がりのところへ、フゲンのオッサンからの手紙というわけだ。
やはりフゲンのオッサンは、国王と関係があるのだろうか。
「ところで、ウェイリンさん」
機嫌良く食事を取っていると、町長のブリエリが前の席に座った。せっかく、久しぶりの卵を味わっているのに、気が利かない男だ。
「昨日の一つ目を、なぜ殺さなかったんですか。あいつらは何人も人間を殺しています。窓の隙間から見ていましたが、殺そうと思えば殺せましたよね」
確かに殺せた。あとひと突きで終わりだった。お前への当てつけで殺さなかったんだよ、といってやりたかったが、本当にそれだけか。
「無駄な殺生には飽きたんだ」
自然に口から出た。本当の理由はこれだろう。鉱山ではフゲンのオッサンにはめられて、武術の心得もない雑魚を何人も殺すことになった。本当に胸くそが悪い。あの一つ目の化け物は強かったが、はじめの竜尾に驚かされただけで、あとは力の強い子どもと同じだった。きっと、師匠も俺と立ち会ったときに、こんな気持ちになったんだろうよ。
「あいつらは邪悪な化け物です。皆殺しにしてもらわなければ――」
大声を出すブリエリを手で制する。
「この町が襲われないように最善を尽くす。だが、殺すか殺さないかは俺が決める。それが嫌なら、なにもせずに町から出て行く」
一宿一飯の義理はあるが、困った俺を家に入れてくれなかったことでチャラだ。
こうなった以上は、やりたいようにやらせてもらう。
武術の達人は変わり者。そう結論をつけたのか、町長ははなしを変える。
「それで、お礼は如何ほどお支払いすれば――」
別に金が欲しくて戦うわけではない。だが、今後の路銀のこともある。
「好きなようにやるんだ、気持ちだけでいい。それより、なにか日持ちする食料を準備してくれ。そうだな、三日分くらい頼む」
ブリエリは心配そうな顔で、なにかを考えているようだった。
「心配するな、後で吹っ掛けたりはしないよ。だったら成功報酬でいい、銀貨十枚だ。それくらいなら払えるだろう」
銀貨十枚は決して安くはない。だが、この町の規模なら余裕で払える金額だ。それをケチるなら、こちらにも考えがある。ホッとした顔の町長を見れば、安すぎたかと少し後悔した。
「すぐに準備します。出発はいつですか」
あれだけの出血だ。生きていれば、一つ目たちの里まで血の跡が続いているだろう。
「血をたどれば、相手の集落までたどり着けるはずだ。時がすぎると追跡が難しくなる。すぐにでも出かけるつもりだ」
ブリエリ町長は奥の部屋に消えた。食料を揃えにいったのだろう。一つ目が数人でかかってくれば、さすがに勝てないのではないか。まあ、その時は逃げればいいだろう。
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