丸太のような棒が、麻幹おがらのように振り回される。

 軽く後ろに下がり、戻りに乗じて突きを入れようとするが、なかなか隙がない。

 前も後ろもないのが棒術の要諦。踏み込もうとすると、先ほどまで背後にあった棒先がこちらを狙っていた。

「なかなか修練を積んでいるな。師匠は誰だ。力だけではなく、よく技を練っている」

 ことばが通じるとは思わないが、思わず声を上げる。それほどの余裕はないが、相手を挑発するのも技のひとつだ。

 相手の丸太は、俺を肉片に変えるだけの威力がある。こちらの若木で作った棒は、平手ではたかれるほどの痛みしか与えられまい。だが、相手を殺したいわけではないのだ。

 ギリギリの間合いから、棒を不用意に前へ突き出す。

 誘い水。いや、呼び水か。

 棒術の心得があるのであれば、こちらの棒先を払って打ち込みたくなるなるはず。先生が良ければ、そう教わっただろう。

 きた。

 予想通りの動き。かわすのは容易だが、あえて受ける。丸太と棒が当たる瞬間、手首をかえして勢いを殺す。普通の棒なら、この受け流しでは折れてしまっただろうが、しなる若木で作った棒は曲がるだけだった。

 一歩踏み込んできた一つ目に、二歩近づくと互いに棒の間合いに入ることになる。

 薙ぎ払いにくる一つ目のふところから若木の撓りを利用して、そのまま頭部へ棒を繰り出した。

 頭への攻撃は、一つ目にとっては大切な目を守らなければならない嫌な動きのはず。手や棒で守れない以上、顔を背けることが最善の選択になる。

 しめた。

 案の定、顔を右に向けた巨人。

 だが、それも想定のうち。撓った棒先は、一つ目の耳の後ろの飛び出した骨を痛打。はじめから狙いはそこだ。死ぬような急所ではないが、耳の後ろの骨を打たれると恐ろしい痛み。

 人間ならば、だが。

 心配は杞憂だった。ギャッとひと声。一つ目は大声を上げて丸太から手を離すが、動いているものは止まらない。勢いは減じたものの、私の右脇腹に丸太がぶち当たる。

 呼吸が止まるが、動きを止めるわけにはいかない。衝撃を殺すため、左に体を放り出してクルリと一回転。これが試合なら、観客への印象こそが大切になる。

 何事もなかったように棒を地面に立てると、地に伏した巨人へ向かって一礼する。

 息が詰まっていることがバレないように、自信満々な表情であたりを睥睨へいげいした。あばらにヒビくらい入っているかもしれないが、弱みを見せるわけにはいかない。

 痛みのあまりうずくまっていた一つ目巨人が、こちらに向き直ると膝をついた。敗北を認めたということだろうか。ふと見ると、両腕両足を布で巻かれた一つ目もいる。殺さなかったことは正解だったのか。

「さあ、戦いは私の勝ちだ。お前たちは、なんで人間の町を襲う。これ以上の悪さをするなら、俺も放ってはおけないぞ」

 人のことばが理解できるものはいないかと啖呵たんかを切ってみたが、まるで反応がない。それどころか、俺と一つ目巨人の戦いを見守っていた他の一つ目たちが、パラパラと家の方へ向かっていくではないか。

 これ、どうすればいいんだ。

 キョロキョロしていると、一つ目巨人が俺を手招きしているのに気がつく。こうなれば、どうにでもなれだ。招かれているのだから、無視することこそ無作法。ノコノコと巨人の後について行くことにした。


 ひときわ大きい茅葺かやぶきの家。一つ目巨人は、村長か族長というところか。

 家に上がろうとすると、身振り手振りで靴を脱げと命じられた。たしかに、巨人が部屋に上がるとき、履き物を脱いでいた。この靴を脱いだのは十日くらい前のことか。足が臭わないか心配になって躊躇ちゅうちょしていると、女の一つ目が水を満たした桶と、乾いた洗い布を差し出してくる。足を洗えということだろう。

 郷に入れば郷に従え。足を洗っていると、部屋の奥から子どもがこちらをチラチラとのぞいているのが見える。美的感覚は種族により違うので、女が美しいのかどうかはわからない。だが、子どもは別だ。一つ目であろうと三つ目であろうと、子どもというものは可愛らしい。親に愛されて幸せそうな子どもならなおさらだ。

 部屋にあがると、部屋の中央には火を使うための囲炉裏いろり。まだまだ暑いので火は入っていない。すぐに陶器の水入れと椀が運び込まれ、巨人が二つの椀に黒い液体を注いだ。かすかな果物の香り。果実酒か。

 ぬっ、と椀が突き出され、俺はそれをうやうやしく受け取る。甘くて酸っぱい香り。酒に間違いない。

 巨人がこちらをじっと見ているので、とりあえず何かをいうことにした。

「素晴らしい戦士に乾杯!」

 一つ目はニッコリと笑い、椀を高くかかげる。

 酒を口に含むと、まず感じるのは酸味。熟しすぎて酢になっているんじゃないか。だが、振る舞い酒に文句をいうのは御法度だ。喉元が熱くなるので、まあまあ強い酒のようだ。

 続いて料理が運び込まれる。大きな鍋に積み上げられたのは、芋だろうか。横にはなにかの動物の煮物。子どもたちも、囲炉裏のまわりに集まってくる。

 一人に一枚の皿が配られ、芋の鍋がまわされると、手づかみで芋を皿に載せる。

 次に肉の鍋。主人ホストである巨人のマネをすれば間違いないだろう。木の匙で肉を芋の横に取り、全員に行き渡ると食事がはじまった。祈りのようなものはなし。この村では食事は手づかみのようだ。

 火を通した白い芋にかぶりつく。予想していたより甘い。しかし、懐かしい味。

 気がつくと、なぜか涙があふれ出して頬を伝っていた。

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