一つ目

 の長さだけで身の丈程はある槍を担ぎ、つかの長い剣を腰にぶっ差した男が一人。あてどなく街道を歩んでいる。その足取りは、心を映しているかのように軽い。


 フゲンというオッサンから離れ、しばらくは風の向くまま気の向くままの一人旅。

 誰かに何かを命じられるというのは、性分として向いていないのだ。自由になるために強くなったのに、なぜ他人に従わなければならないのか。

 自由になったことで心は軽かった。オッサンからできるだけ離れ、自分の為に武を高めなければならない。コブハ村でつかみかけたものを、もう一度しっかりと自分の手のひらで握るのだ。

 なにか当てがあるわけではない。道場破りは技を極めるために役に立つかもしれないが、命をかけない戦いに意味はないことを知った。

 オッサンと逆の方角へ向かうなら、東。

 山の向こうには、ラルマンドという大きな町があったはず。しばらく河岸かしを変えるのもいいだろう。このあたりは山道だ。東に向かうにしたがい、街道は少しづつ狭くなり、町も寂れた雰囲気が漂うようになっていった。


 いい加減に山道の旅にも飽きてくる。食事はどこも芋ばかり。街道沿いなので、かろうじて宿屋はあるが、人々に活気はない。昔は物品の輸送で栄えた街道も、海路での輸送が当たり前になった今、わざわざ険しい山道を使うものはいない。

 旅をはじめて七日目。このあたりまで来ると、空気が薄くなったことを感じる。たどり着いたのはテーラという町。

 寂れているというのではない、誰もいないのだ。

 疫病――。真っ先に思い浮かんだのは、それだった。

 疫病で、町が全滅したのか。いや、人の気配はある。視線を感じるのだ。

「おーい、こっちを見ている人。どうしたんだ。流行病はやりやまいかなにかか」

 大声で呼びかけると一軒の家の扉が開き、中から白い手がニョキと飛び出す。

 白い手はおいでおいでと俺を招いていた。病人に近づくことなど御免こうむる。だが、何が起こっているか知るには、あの白い手にきいてみるしかない。

 槍を左肩に、右手は隠しポケットへ。槍で突いても、病気はうつるかもしれん。つぶてで追い返すのが上策だろうよ。

「どうした、口がきけないのか。流行病なら、俺にはなにもできないぞ」

 動きが速くなる腕。細い。女のものか。確実に避けられるであろう間合いの、限界まで近づくと足を止める。

「これ以上は無理だ。要件を伝えろ」

「一つ目が出たんだよ。まだ、その辺をうろついてるかもしれない。あんたも逃げた方がいいよ」

「一つ目ってなんだ」

 一つ目という山賊の類いか。それとも、目が一つの魔物的なものか。あるいは、何度も襲ってくる敵の第一波ということか。

「一つ目は一つ目だよ。化け物だ。詳しいことは町長にでもききな」

 そこまでいうと扉が閉まり、中からかんぬきがかけられる音が響いた。

 わざわざ警告してくれたのか。ならばと頭を下げる。

 大身おおみ槍のさやを外し、いつでも使えるように身構えた。疫病が相手ではないなら、大身槍の方が頼りになるだろうよ。

 だが、町長の家といわれても、この町がはじめての俺にわかる訳がない。

 街道沿いの大きな家が怪しい。いや、街道に面しているのは商店か。まあいい。とりあえずは、手近な二階建てのあの家へ向かうことにしよう。

「旅のものです。町長の家を探しているのですが、教えてもらえませんか」

 槍を構えた見知らぬ男が、突然家の前に現れれば警戒するのは当然。しかし、俺が槍を持っていることは、この町の住人には当たり前のように思えたようだ。

「誰だか知らないが、町長の家は街道を頂に向かって進んだところにある。赤い焼きレンガ造りの建物だから見ればわかる。それより、一つ目がうろついているから気をつけろよ」

 一つ目とやらは、どれだけ恐ろしいんだ。そのくせ、家に立てこもれば身を守れるような素振りが不思議だ。化け物なら、薄い木の扉などぶち壊すだろうに。

 いわれた通りに頂の方へ進むと、赤いレンガの建物が目に入る。あれが町長の家だろう。

 チラリと周囲を見渡すが、化け物の気配はない。

「こちらは町長のお宅ですか。旅の者ですが、なにが起きているか教えてもらえませんか」

 レンガの家に向かって呼びかけると、二階の窓が薄く開いた。

「今日の昼に、一つ目が町を襲った。あんたもウロウロしてると、一つ目に襲われるぞ。さっさとこの町を出て行くんだな。これは忠告だ」

 日は暮れかかっており、今から次の町に向かうわけにはいかない。それに、化け物がうろついている場所で野営するというのもゾッとしない。

「だったら、なおのことです。一晩泊めてもらえませんか」

 自分でいいながら、町長が見も知らぬ他人を家に招き入れるとは思っていなかった。強盗という可能性もあるのだ。空き家にでも忍び込んで、一晩過ごすのが最善の策だろう。

「旅人を泊めることはできない。うちは宿屋じゃないんだ」

「じゃあ、宿屋は――」

 針のような殺気に、俺はことばを続けることができなかった。

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