Ⅳ
ベンヤンの隣に立つ男の肩に、突然矢が生えた。
いや、
「かなわん、逃げろ」
誰かが叫んだことで、残りの二十人あまりのゴロツキが一斉に逃げ出しはじめた。
だが、逃がすことのできない奴が一人いる。
ジェレーオがその気なら、俺を射殺せたかもしれない。殺気があれば感じたかもしれないが、それは結果論にすぎない。やはり命をかけた殺し合いには、なにか学ぶことがある。
「私をどうするつもりだ」
こちらに向き直ったベンヤンが大声をあげた。膝からは血が流れ、立ち歩ける状態ではなさそうだ。
「王の巡察官を襲うとは、いい根性だ。だが、己を知らないと命がいくつあっても足りないぞ。勝てる相手かどうかを見分けられない渡世人は、長く生きられない」
「あんたみたいなのが、本物の巡察官なわけないだろ」
「巡察官であることは間違いないぞ――多分な」
書類はきっと正式なものだろう。俺はフゲン・ゴドリエルではないが、それは些細な問題だ。
「さあ、鉱山の所有を示す書類を出してもらおう。用があるのは書類だけだ」
ベンヤンは、少し考えるような顔をした後、下卑た笑いとともにいった。
「そんな大事なものを、こんな場所に持ってくると思うのか。ちゃんと隠してあるに決まってるだろうに」
まあ、そうだろう。俺がこいつでも、この場に持っては来ない。
「おい、マイラ! 隠れて見ているんだろう。こいつの家を教えてくれ!」
ジェレーオの後ろにある建物の影から、マイラが顔を出す。こいつの家に行けば、書類はきっと見つかるだろう。見つからなくても、別に腹は痛まない。女の方へ向かおうと一歩踏み出すと、後ろから情けない声がきこえてきた。
「私を殺さないのか。助けてくれるのか」
本当のところ、こいつが生きようが死のうがどうでもいい。しかし、よく考えるとベンヤンは敵の総大将なわけだ。死んだ七人の男。いや、死んだ三人と死にかけている四人への責任は、この男にもある。
「すまんな、お前が総大将だってことを忘れてたよ」
振りかぶると
ベンヤンの亡骸にマイラが歩み寄り、唾を吐きかけニコリと笑った。
マイラに連れていかれたベンヤンの家には、なかなかに色気のある女がいた。妻なのか、ただの囲い者なのかは知らないが、ベンヤンが死んでいることを教えると鉱山の方へあわてて向かう。殺したのは俺だが、わざわざ伝える必要はないだろう。
「あのクズ野郎は、あたしを狙ってたんだけど女房の
ジェレーオに、マイラと一緒に行くよう目配せをした。
部屋中の荷物をひっくり返すような音がして、しばらくするとマイラが姿を見せる。その手には書類があった。鉱山の権利書のようだ。
「鉱山はあんたに渡す。だからご褒美をおくれよ」
女一人、この町で生きていくのは大変だろう。
「金貨一枚の約束だ。あとで来る役人に伝えておくよ」
はした金だが、無いよりはマシ。またこの鉱山の町がにぎやかになれば、酒場の上がりで暮らしていけるだろうよ。
仕事は終わった。この町に残る理由はなにもない。
マイラがどうなるのか、ベンヤンの女がどうなるのか。そんなことはどうでもいい。急いで酒場に戻り、荷物をまとめると急いで町を出た。
「ウェイリンさん、見事な腕前でしたね。惚れ惚れしましたよ。なんでわざわざ、あんなバカでかい槍を担いでくるのかと思ってたんですが、その意味がわかりました」
興奮するジェレーオを横目に、俺の気持ちは深く沈んでいる。コブハ村での一件は、互いに命を懸けた戦いだった。その賭けに俺は勝ち、次へ進むための道を見つけたように感じた。だが、今回の一件ではなにもなかった。向かってきた素人を殺しただけだ。剣客としても褒められたものではない。
決めた。
「ジェレーオ、お前に一つ頼みたいことがある。この権利書をもってフゲンのオッサンのところへ行ってくれ。あのマイラという女に、金貨を一枚渡すようにいうんだぞ」
ジェレーオは、驚いたような顔をする。
「ウェイリンさんはどこに行くんですか。俺に武術を教えてくれるという約束はどうするんです」
そんな約束をした覚えはないが、ここは上手く誤魔化すしかない。
「棒術の基礎は教えた。あとは自分で修練だ。次に会ったときには、実戦形式で鍛えてやるから心配するな。俺も思うところがあって、少し鍛え直してくるつもりだ」
「もうウェイリンさんは、十分に強いじゃないですか」
こんな腕前で強いなんて、師匠がきけば鼻で笑うだろうよ。
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