一つ文句をいえば、二つ返される。しかも、それがすべて理にかなっているとくる。

 侃々諤々かんかんがくがく。議論しているつもりでも、最後にはフゲンの思うとおりになっていた。

 美名をることなく、かといって悪名をることもない。思うがままに斬り結ぶことができるのであれば、孑孑ぼうふらのウェイリンに何の不満があろうか。

 良くあることだ。

 人にくれてやったものが、後で惜しくなる。捨てた女が他の男と仲良くしていると、嫉妬する。一度手放したものを、もう一度求めるのは人間のさがなのか。

 魔術の触媒に魔銀とよばれるものがある。めったに採れるものではなく、鉱脈が見つかると一財産になるということくらいは誰でも知っている。魔銀が掘り尽くされ、捨てられた鉱山で再び魔銀が見つかった。どうやって新しい魔銀の鉱脈を見つけたのか。そして、どうやってそのことを隠し続けているのか。細かいことはわからないが、鉱山の払い下げを受けたフレネオという男が邪魔なのだ。

 孑孑ぼうふらのウェイリンは殺し屋ではない。フレネオという男が人倫にもとる畜生野郎なら、喜んで斬り捨てる。だが、まともな人間なら手を出すわけにはいかぬ。それでもかまわないとフゲンのオッサンがいうのだから、フレネオはよほどのクズなのだろう。

 そういうわけで、レストンド鉱山を奪還するという計画に俺は加わることになった。


 あれだけ弁が立つのだから、さぞかし素晴らしい計略があるのだろうと思ったのが大間違い。フゲンのオッサンには、なんの策もなかった。格好よくいえば白紙委任。情けなくいえば丸投げ。

 まあいい。俺も渡世人だ。フレネオも裏の世界の人間らしい。食客として、草鞋わらじを脱げばいいだろう。

「ああすまん。ひとつ頼みたいことがある」

 頼みはひとつ受けたはずだ。フゲンのオッサンは、もう一つなにかを俺に頼みたいのか。

「こいつをレストンド鉱山に連れていってくれんか。お前の弟子にして鍛えてやって欲しい」

 そういいながら連れてきたのは、一人の若者。年の頃なら二十前後。背は高く、体はしっかりと鍛えているのが見て取れる。

「このガキを連れていくのか。足手まといは御免だ」

 この若者には大切なものが足りない。ひと目見てわかる。

「まあそういうな。こいつは町長の三男坊で名はジェレーオ。体ばかり大きくなって、肝っ玉はノミのようだ。せめて畑仕事でも手伝ってくれればいいのだが、怠け者で役に立たん。修羅場をくぐり抜ければ、立派な男になるはずだ」

 子どもの世話は乳母にでも頼めよ。口から罵りのことばが出そうになるが、グッとこらえた。こいつは役に立つかもしれぬ。

「おい、お前からも頼め。ジェレーオ」

「ウェイリンさん、十一人斬りの事はききました。俺を男にしてください」

 男になりたければ、そのへんの娘に頼めよ。いや、つらがいいから、とっくの昔に男になってるだろうに。

「フゲンさん。連れていくのはいいが命の保証はできないぞ。遊びに行くんじゃない、殺し合いに行くんだ。死んでもかまわんなら連れていってやる」

 予想通りのハイという元気のいい返事。命のやりとりをしたことのない馬鹿者だ。

「このジェレーオを連れていくなら、フゲンさんにも頼みたいことがある。一人で行くなら方法はいくらでもあるが、こいつを連れていくならそうはいかん。レストンド鉱山に行く理由と身分が必要だ。あんたは偉いさんなんだろ。なにか考えてくれ」

 おっさんの丸投げには、こちらも丸投げで対抗だ。口先だけでなく、頭の回転もいいことを見せてもらおう。


 三日過ぎ、フゲンのオッサンが改めて俺を呼び出した。準備ができたらしい。

「ウェイリン、用意ができたぞ。お前はレストンド鉱山へ視察に行く巡察官になる。これは正式な命令書だ。ジェレーオはその護衛。これならかまわんだろう」

 羊皮紙の命令書には達筆でなにかが書かれているが、達筆すぎて俺には読めない。文字の読み書きは習ったが、役所の飾り文字までは教わらなかった。

「お前の名前はフゲン・ゴドリエル。鉱山を調べる正式な権限がある。これなら、こそこそ鉱山に行かなくてもいいはずだ」

 俺がフゲンのオッサンになるのか。面白い。なにをやってもオッサンの責任になるのは、さぞ気分がいいだろう。

「俺があんたの代わりになるのか。知り合いに出会ったりしないだろうな」

「そんなことには、絶対にならないはずだ。心配無用。いつ出発する」

 この町に未練などない。

「明日には出発する。せめて路銀と役人っぽい服を用意してくれ」

 フゲンは両方を約束してくれた。こいつの金はどこからでてくるんだ。金持ちなのか。役人として町長から徴発でもしてるのか。まあどうでもいい。

 オッサンがいなくなると、俺は神殿に向かう。コブハ村の女たちは、しばらく神殿で下働きとして過ごし、それから身の振り方を考えるらしい。手近な女にリアナを呼び出してもらうと、女は下卑た笑顔を見せながら姿を消す。

 しばらくするとリアナが姿を見せた。取り立てて美人でもないし、それほど若くもない。それは俺も同じだ。リアナは俺に駆け寄ると、ひしと抱きついてくる。

 しばらく好きなようにさせると、リアナの両肩をつかんだ。正面からその瞳を見つめながら、囁くように告げる。

「ここを出て行く。お別れだ。幸せになれよ」

 ふところから銀貨の詰まった袋を取り出すと、その両手に押しつける。

「金があって困ることはない。誰にも見せるなよ。自分が幸せになるために使え」

 御山おやまの修行をして、良かったと断言できることがひとつだけある。強者つわものは金に困らないのだ。

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