先頭を兵隊、続いて女たち。殿しんがりが槍を担いだ男とオッサン。

 よちよち、よちよちアヒルの散歩。

 皆が大きな袋を背負っていては、歩くことさえままならない。男たちは、けっして荷物を運ぶのを手伝わない。意地が悪いのではなく、荷物を持つと戦えないからだ。そのことは女たちも知っているから、不平不満の声が起きることはない。

 もう二度と帰ってこられないだろうと、みな思っている。だから、持てる物はなんでも運ぶ。木の匙なんて、どこでも手に入るだろうと思うのだが、そうはいかない。

「おい、孑孑ぼうふらの。どうだった。くわしいことを教えてくれ」

 フゲンのオッサンが、ずっと一方的にはなしかけてくるが、面倒くさいので知らんぷりだ。どうせ町まで三日はある。いや、この感じだと四日になるかもしれん。

「なあ、孑孑ぼうふらの。相手は強かったのか。それくらい教えてくれてもいいだろうが」

「相手はただの山賊だ。強い敵なんていない。雑魚ばかりだった」

 変な噂を立てられてもかなわない。悪名がとどろくのは御免こうむるが、美名が広がるのもダメだ。立ちションベンもできなくなる。

「その割には、賊を追い払ったといいに来た時、お前は嬉しそうだったぞ。なにかお前を喜ばせるようなことがあったんじゃないか」

 あの時は、なにかをつかんだ気がしていた。すぐにてのひらからこぼれてしまったが。

「暗闇での戦いだ。普段とは違う感覚が研ぎ澄まされていた。なかなかない経験をした。それだけのことだ」

 本当にそれだけなのか。誰かを殺しても逃げなくてもよい、ということに気が軽かったのではないか。

「まあいい。ところで、正道に立ち返った己はどうだ。二つ槍のレッテの身内が、極道者では恥ずかしいんじゃないか」

「笑わせるな。二つ槍のレッテは傲岸不遜ごうがんふそん。小人の評価など気にするものかよ」

 フゲンがニヤリと笑う。

「だが、お前は武の腕前でも、その胆力でも師匠には及ばないんじゃないか。横紙破りは、その卓越した腕前があってこそだ。お前の師匠はなんといった。斬り結べだったか。もっと沢山の相手と斬り結ぶ必要があるんじゃないか」

 頭の回るオッサンだ。裏の世界で生きるのも、命をかけて斬り結ぶため。痛いところを突いてくる。

「無法者だと、逃げ回って暮らさなければならんだろ。ワシなら、お前の望みを叶えてやるぞ。しかも、豪傑としての美名もオマケに付いてくる」

「俺は英雄好漢になりたいわけじゃない!」

 前を歩く女たちが立ち止まり、一斉に後ろを見る。

 手で先に進むように指示すると、また行列はよたよたと進みはじめた。立ち止まって、フゲンに改めて告げる。

「名声など欲しくはない。親とはぐれた俺は、いつだって一人で生きてきた。名声なんて糞食らえだ。尊敬されなくていい。誰にも文句をいわせない強さが欲しいだけだ」

 間髪入れずに、フゲンが問う。

「その強さを手に入れてどうするんだ」

「知るかよ」

 フゲンは吹き出した。機嫌良く大声で笑い出す。また女たちが立ち止まる。

「ああ、別になんでもないぞ。お嬢さんたちは先に進んで進んで」

 アヒルの行進が再びはじまる。

「お前は面白い奴だな、ウェイリン。名声なんてどうでもいいというなら、英雄好漢になってもかまわんだろうに。名声を毛嫌いするのは、名声に憧れていることの裏返しだ。二つ槍のレッテは、名声を手に入れたくないなんていうか? 名声だろうが悪名だろうが、自分のやりたいようにやるだろう。お前は手に入れてもいないものを恐れている臆病者だ」

 舌から先に産まれたというのは、こういう奴なのだろう。なにをいっても言い負かされる。しかし、名声を恐れるなというのは鋭いな。孤児みなしごの俺は腕っ節には自信があっても、育ちの悪いことは隠しようがない。名を得ることで、己の無作法を笑われるのではないかという恐れをいつも感じていた。

 だが、孑孑ぼうふらのウェイリンは、はいわかりましたと言えるほど人間ができていないのだ。

 プイと横を向くと、それからフゲンとは一言も口をきかなかった。


 三日目の夕暮れ時に、なんとかアンダイエの町にたどり着く。

 この町に来るのは初めてだったが、確かに寂れた田舎町。

 我々を見かけた誰かが伝えたのか、すぐに数人の男たちが姿をあらわす。

 先頭を行く兵士が手を振って声をかけると、男たちも返事をした。

 壮年の脂ぎった男が兵士たちと一言二言ことばを交わすと、こちらへ近づいてくる。

「ゴドリエル様、お待ちしておりました。そちらが孑孑ぼうふらのウェイリン様ですね。町長のアイモンです、ご活躍はゴドリエル様から」

 町長に歓迎されるなんて、渡世人としてはこそばゆい限り。知らぬふりはできないので頭を軽く下げておく。

「女性の方々は神殿へ。お二人は私の家にお泊まりください」

 リアナがこちらを見るが、町長の家に連れていくわけにはいかない。

 フゲンのオッサンも、ラリーサという女を呼んでいないのだから。

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