Ⅱ
先頭を兵隊、続いて女たち。
よちよち、よちよちアヒルの散歩。
皆が大きな袋を背負っていては、歩くことさえままならない。男たちは、けっして荷物を運ぶのを手伝わない。意地が悪いのではなく、荷物を持つと戦えないからだ。そのことは女たちも知っているから、不平不満の声が起きることはない。
もう二度と帰ってこられないだろうと、みな思っている。だから、持てる物はなんでも運ぶ。木の匙なんて、どこでも手に入るだろうと思うのだが、そうはいかない。
「おい、
フゲンのオッサンが、ずっと一方的にはなしかけてくるが、面倒くさいので知らんぷりだ。どうせ町まで三日はある。いや、この感じだと四日になるかもしれん。
「なあ、
「相手はただの山賊だ。強い敵なんていない。雑魚ばかりだった」
変な噂を立てられてもかなわない。悪名が
「その割には、賊を追い払ったといいに来た時、お前は嬉しそうだったぞ。なにかお前を喜ばせるようなことがあったんじゃないか」
あの時は、なにかをつかんだ気がしていた。すぐに
「暗闇での戦いだ。普段とは違う感覚が研ぎ澄まされていた。なかなかない経験をした。それだけのことだ」
本当にそれだけなのか。誰かを殺しても逃げなくてもよい、ということに気が軽かったのではないか。
「まあいい。ところで、正道に立ち返った己はどうだ。二つ槍のレッテの身内が、極道者では恥ずかしいんじゃないか」
「笑わせるな。二つ槍のレッテは
フゲンがニヤリと笑う。
「だが、お前は武の腕前でも、その胆力でも師匠には及ばないんじゃないか。横紙破りは、その卓越した腕前があってこそだ。お前の師匠はなんといった。斬り結べだったか。もっと沢山の相手と斬り結ぶ必要があるんじゃないか」
頭の回るオッサンだ。裏の世界で生きるのも、命をかけて斬り結ぶため。痛いところを突いてくる。
「無法者だと、逃げ回って暮らさなければならんだろ。ワシなら、お前の望みを叶えてやるぞ。しかも、豪傑としての美名もオマケに付いてくる」
「俺は英雄好漢になりたいわけじゃない!」
前を歩く女たちが立ち止まり、一斉に後ろを見る。
手で先に進むように指示すると、また行列はよたよたと進みはじめた。立ち止まって、フゲンに改めて告げる。
「名声など欲しくはない。親とはぐれた俺は、いつだって一人で生きてきた。名声なんて糞食らえだ。尊敬されなくていい。誰にも文句をいわせない強さが欲しいだけだ」
間髪入れずに、フゲンが問う。
「その強さを手に入れてどうするんだ」
「知るかよ」
フゲンは吹き出した。機嫌良く大声で笑い出す。また女たちが立ち止まる。
「ああ、別になんでもないぞ。お嬢さんたちは先に進んで進んで」
アヒルの行進が再びはじまる。
「お前は面白い奴だな、ウェイリン。名声なんてどうでもいいというなら、英雄好漢になってもかまわんだろうに。名声を毛嫌いするのは、名声に憧れていることの裏返しだ。二つ槍のレッテは、名声を手に入れたくないなんていうか? 名声だろうが悪名だろうが、自分のやりたいようにやるだろう。お前は手に入れてもいないものを恐れている臆病者だ」
舌から先に産まれたというのは、こういう奴なのだろう。なにをいっても言い負かされる。しかし、名声を恐れるなというのは鋭いな。
だが、
プイと横を向くと、それからフゲンとは一言も口をきかなかった。
三日目の夕暮れ時に、なんとかアンダイエの町にたどり着く。
この町に来るのは初めてだったが、確かに寂れた田舎町。
我々を見かけた誰かが伝えたのか、すぐに数人の男たちが姿をあらわす。
先頭を行く兵士が手を振って声をかけると、男たちも返事をした。
壮年の脂ぎった男が兵士たちと一言二言ことばを交わすと、こちらへ近づいてくる。
「ゴドリエル様、お待ちしておりました。そちらが
町長に歓迎されるなんて、渡世人としてはこそばゆい限り。知らぬふりはできないので頭を軽く下げておく。
「女性の方々は神殿へ。お二人は私の家にお泊まりください」
リアナがこちらを見るが、町長の家に連れていくわけにはいかない。
フゲンのオッサンも、ラリーサという女を呼んでいないのだから。
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