膾炙

 女と子どもしかいない村だ。このまま放って置くわけにはいかぬ。

 生き残りの山賊が舞い戻らないとも限らない。

 フゲンのオッサンと、よくわからない女をアンダイエの町に向かわせて、コブハ村まで迎えに来てもらおうということになった。オッサンにそれだけの権限があるのかどうかは知らないが、俺は留守番。

 死体から剥ぎ取った武器と金は村の女たちにくれてやる。もともと自分たちのものだろうからな。

 行って戻るのに六日。一人で、この村を守るのか。まあ、あの程度の相手なら構わん。

「お兄さん、これ食べて」

 物思いにふけっていると、木の椀が目の前に突き出された。年の頃なら二十五、六。疲れた顔をした女が立っている。

「あいつら、あたしの旦那と息子を殺したんだ。仇を取ってくれてありがとう」

 正義のためにやったわけではないが、わざわざそれを伝える必要はない。

「ありがとう。あんたたち、これからどうするんだ」

「ラリーサ様がなんとかしてくれるとは思うけど、ここには住めないかもね」

 ラリーサというのは、オッサンの恋人なのだろうか。それとも家族か。

「フゲンのオッサンと一緒に行ったのが、ラリーサというのか。何者なんだ」

 女は首を横に振った。

「三年くらい前に、村長が連れてきたんだ。村はずれに一人で住んでた。あたし達みたいな田舎の出じゃないことはわかったけど、何者かはよくわからなかった。お兄さんの方が知ってるんじゃないの」

 熱々の麦粥をすする。さじくらいないのかとも思ったが、水のような粥には必要なかった。

「すまんが、俺は知らん。どこでもいいから、眠ってもいい家はないか」

 女があごうながしたので、椀を置いてついて行く。

 一軒の家に連れていかれると、女は奥の部屋にある寝台を指さす。

 槍を置き、剣を帯から外すと、そのまま倒れ込んだ。敷布は汚れており、男と酒の臭いがしたがどうでも良かった。女が背中に覆い被さってくるのがわかるが、押しのける力は残っていない。嗚咽の声をききながら、夢の国へ旅立った。


 リアナというのが女の名前だった。昼は飯の支度。夜はしとねを共にする。感謝のつもりなのかもしれないし、それを断るほどの木石漢ぼくせきかんではない。

 飯を食っては槍を振る。だが、あの体が勝手に動く感覚が生まれることはなかった。なにかを掴んだような気がしたが、スルリと手のひらから逃げていってしまったようだ。

 切り結ぶことだけが、己を高めることができるといったレッテ師匠は正しかった。ただ戦うだけではダメだ。命をした、ギリギリの状態でなければ。しかし、そんな場所があるのだろうか。戦場はどうだろう。傭兵となり戦場で暴れる。

 いや、それは違う。戦争がしたいのではない。こう見えても、弱い者イジメは許せないたちだ。戦地で弱い者から略奪する戦友がいれば殺しかねない。やはり、各地を旅しながら用心棒でもするのがしょうにあっている。だが、用心棒の仕事で、一度に十人も殺すことはない。

 心のどこかで、山賊たちが再び襲ってこないかと期待していたが、それは杞憂に終わる。

 きっかり六日で、フゲンのオッサンとラリーサという女が戻ってきたからだ。


「おい、孑孑ぼうふらのウェイリン。戻ってきたぞ」

 槍に革鎧かわよろい、兵隊っぽいが弱そうな二人を連れてフゲンは約束通り戻ってきた。

「大声でその名を口に出すな!」

 任侠の世界において通り名は通行手形のようなものだ。孑孑ぼうふらというのは、間抜けな通り名ではあるが、気に入ってもいる。しかし、山賊を追い払ったというような名声は必要ない。英雄好漢になりたいわけではないのだ。

「なぜだ。アンダイエの町でお前の武勇を広めてやってきたぞ。孑孑ぼうふらのウェイリンは、十一人切りだとな。今頃は、サンディアの町でも人口じんこう膾炙かいしゃしているだろうよ」

 むかっ腹。ぶん殴ってやりたかったが、人の目もある。

「それはいい。これからどうするんだ」

 フゲンが口を開こうとしたが、横の女がそれを遮った。

「あたしたちが、神殿に頼んできた。全員でアンダイエに向かう。山賊を追い払えるくらいの移民が集まれば、またこの村に戻ってくるかもしれないけど、いつになるかはわからない。持てる限りの家財道具を持っていけばいい。明日の朝には出発する」

 ラリーサという女は、俺に答えたのではなく、集まってきた村人に伝えたかったようだ。

 失望する顔、仕方ないと納得する顔、あきらめた顔。

 まさか、こんな僻地の村をわざわざ守るために、兵隊か送られてくるとは思っていなかっただろう。それでも、生まれ育った故郷を捨てるのは辛いはず。俺には故郷なんてなかったが。

 まあいい。興味を失った俺は寝床にしている家に戻る。旅といっても特別に用意するものはない。

 後ろから駆け寄る足音。暖かい抱擁。

「あんたも行くの。この村から」

 リアナは頼るものが欲しいのだろうが、俺は根無し草。体を預けられても支えてやれない。

 返事はしない。それほどの木石漢ではないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る