「ジェレーオ、これ持ってみろ」

 タッパがあるので、大身おおみ槍を担ぐと様になる。

「今度はこれだ」

 帯の間に、つかの長い特注の剣を通す。

 悔しいが、これも似合う。

「ウェイリンさん。なんで自分に槍や剣を持たせるんですか。これはウェイリンさんの看板みたいなものでしょうに」

 どこまで十一人斬りのことが広まっているのかはわからない。だが、二つ槍のレッテと旅をした俺は、有名になることの面倒さは十分知っているつもりだ。

「俺はフゲン・ゴドリエルという巡察官だ。巡察官が槍を担いでいるっていうのは、どう考えてもおかしいだろうよ。だが、いざという時に大身槍がないと大暴れできないだろ。バラして運ぶこともできないなら、誰かに運んでもらうしかないんだ」

 ジェレーオという町長の息子と旅をすることになり、二人でチンタラチンタラとレストンド鉱山へ向かう道すがら。

 鉱山にもっと近づいてから槍を渡してもかまわない。初日から槍や剣を渡すのは、噂になっているかもしれないこのあたりで、孑孑ぼうふらのウェイリンの姿を偽るためだ。背の高いいい男だと、このあたりの人間に印象づけておけば、再びこの町に来ても、自分は孑孑ぼうふらのウェイリンではないと誤魔化せるかもしれない。

「そういうもんですかね」

 そういいながら、ジェレーオは大身槍を構えようとするが、あまりの重さに穂先を地面にぶつけてしまう。

「鞘があるから傷にはならんが、滅多にない業物だ。粗末に扱うと、頭にタンコブができることになるぞ」

 得物にこだわる戦士もいるが、俺にはあまりこだわりがない。大身槍は、新しいものを鍛えるとなると何ヶ月もかかってしまうから大切にしているだけで、魔術が込められているような貴重品でもない。それでも、道具を大切にしろということくらいは教えておく必要があるだろう。


 日が高くなり、一休みしようと川のせせらぎがきこえる方へ向かう。清水で口を潤し、大きい岩に腰をかける。

「ジェレーオ、得意な武器はなんなんだ。こうやって旅をするのも他生の縁。少しくらいなら稽古をつけてやってもいいぞ」

 槍も構えられないのでは、俺の身代わりはつとまらない。

「得意なのは弓ですね。五十歩の距離でネズミを射ることができますよ」

 誇らしげにいうが、弓かよ。

 まあ、田舎町では剣や槍を使うことはほとんどないだろうから、弓で鳥やウサギでも狩っている方が役に立つ。

「じゃあ、もう一度槍を構えてみろ」

 警告が効いたのか、今度は穂先が地面に落ちないよう、全身の力を入れて槍を構えている。

「大身槍は重いから、まずはもう少し手前を握ればいい」

 せっかくの大身槍が、まるで天秤棒だ。肩に担げば、たくさん荷物が運べるだろうよ。

 しばらく突きを練習するようにいい残して、杖になりそうな木の枝を探しにいくことにした。

 よく考えると丸腰だ。自分の子どもが旅に出るなら、護身用に短かい剣の一本でも渡すべきだろうに。ジェレーオはなにか失敗して追い出されたのか。そう考えると辻褄つじつまはあう。フゲンのオッサンと町長は、この男をどうしたいんだ。

 適当な長さの木の枝を短剣で切り、細い枝を落として肩までくらいの棒をつくる。あまり堅くないので、つえにもなりそうにないが、手ぶらは手持ち無沙汰なのだ。

 へっぴり腰で槍を突くジェレーオのところに戻ると、俺たちは再び歩みを進めた。

 街道沿いの町には宿屋があるが、そうでない町や村には宿屋はほとんどない。数日は宿屋に泊まることができるだろうが、それから先は役人風を吹かせて偉いさんの家に泊めてもらおう。今日泊まる町はルーシャという。宿屋があるはずなので虫刺されを心配することはない。


 宿の手配がおわり、俺はもっとしっかりした杖が売っていないかと雑貨屋に足を向けるが、希望するような長さのものはなかった。杖というより、番人が持っている棒のようなものが欲しかったのだ。

 宿の用意した飯を食って、その日は早く眠る。ジェレーオと同じ部屋だが、いびきがひどくなかなか眠れなかった。

 何事もなく翌朝を迎え、朝飯を食って出発だ。たんまりと路銀はあるし、それほど急ぐ旅ではない。

「少し待ってもらおう。そこを行く御仁は、孑孑ぼうふらのウェイリン殿とお見受けしたが」

 年の頃なら三十くらいか。腰には剣。動きやすい革の鎧は手入れが行き届いてる。口を開こうとしたジェレーオを制した。

「これは俺の連れだ。巡察官として、これから任地に向かう。武芸者と関わりあっている暇はない」

 これで引き下がってくれればいいのだが、そう容易たやすくはいくまい。旅をはじめて二日目だというのに、さっそく腕試し志願か。

「あんたは関係ない。私はウェイリンさんにいってるんだ!」

 腕は立つのかもしれないが、気は短い。いや、それほどの腕前ではないだろう。

「こいつ――いや、この人は私が護衛として雇った。契約で私闘は禁じられている」

 問答無用と剣が抜かれた。こいつ正気か。腕試しに真剣とは、頭がおかしいんじゃないか。

 ジェレーオは凍り付いている。これはまずい。怒りがこみ上げてきた。

「お前みたいな三下相手に、孑孑ぼうふらのウェイリンが相手をするまでもない。これで十分だ」

 切り落とした枝で作った杖は、細いがしなやかだ。

 技の起こりにあわせて、しなやかな棒を振り落とす。

 風を切る音、手首を打つ音。そして剣が地面に落ちる音。

 そのまま棒を跳ね上げると、顔のど真ん中へゴッツンコだ。いや、ペチリか。

「こんな雑魚は放っておけ。いくぞ」

 氷が溶けた。ジェレーオは満面の笑みだった。

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