耳を澄まし、目を凝らす。

 近づく足音、白壁に浮かぶ影。

 どちらも見えないということは、敵はまだ屋内に潜んでいるのだろう。もうすぐ夜が明ける。それからでも遅くないということか。

 仕方ない。このままではジリ貧だ。

 姿勢を低くして、隣の家に近づく。

 遠くで弓鳴ゆなり。矢はあらぬ方向へ飛んでいったが、こちらが動いたことは察知されている。

 まずい。明るくなる前に敵を減らしておかなければ。

 家に押し入りしらみ潰しだ。

 裏口に回ろうとすると、鉄のきらめき風の音。

 突かれていれば受けられなかったが、横薙ぎをかろうじて槍ので受け止める。大身おおみ槍には、はがねの板が巻き付けてある。盗賊のなまくらでは、一刀両断とはいくまい。

 石突きで相手を突き、勢いのままに一回転。そのまま袈裟懸けに斬り捨てた。相手を視線から切ることは恐ろしかったが、どうせ暗闇だ。手応えを感じると、そのまま相手のすねのあたりを蹴り飛ばす。痛みからか、蹴られたからか、前屈みになった相手の頭蓋に、今度は上から石突きをたたきつける。

 骨の砕ける音。

 何人目だったか。予想外の敵に、頭の中が真っ白だ。

 裏口が開いているのを見つけると、そのまま家に入る。室中には人の気配。だが、殺意は感じられない。

「助けに来た。ここで静かに隠れていろ」

 そう言い残すと、表に向かう。山賊が隠れているのであれば終わりだが、研ぎ澄まされた五感が、隠れているのは敵でないことを教えてくれる。

 つっかい棒を外すと、薄く引き戸を開いて表通りに目を走らせる。

 見えた。

 奥の家から、一人が姿勢を低くしてこちらへ向かってくる。白壁の前に影が走った。

 槍を左手に持ち、隠しポケットから楕円になった平べったい石を取り出す。

 一歩、二歩、三歩。

 動きにあわせて狙いをつけると、右手の手首を返してつぶてを飛ばす。

 当たったことは間違いないが、動きは止まらない。かすめただけか。

 かまわない。

 すぐに二つ目の礫が飛ぶ。今度は当たった。鈍い音と、くぐもった声。

 引き戸を開くと男の倒れた場所へ向かい、地面に倒れる男の上へ、重い穂先を振り下ろそうとした。

 その時、また弓鳴り。今度は近い。弓手の場所は大まかにわかった。

 体ごと地面に飛び込むと、頭の上に矢羽の音。

 槍の刀は当たらなかったが、かわりに重い柄が地面の男に振り下ろされる。へしゃげるような音。鉄の棒で殴られたのだ、無事では済むまい。そのままクルリと身を翻す。大身槍はあきらめ、そのまま道の反対側にある家の影へ駆け込んだ。

 再び腰の剣を抜く。つかの長い特注品だ。槍のようにはないが、短槍のように使える直剣になっている。

 また静寂。

 表通りは矢の危険。家の裏に回っても、相手が待ち伏せているかもしれない。逡巡しゅんじゅんしたのは瞬きするほどの間だったが、大きなダミ声で我に返る。

「おい、敵は何人だ」

「俺は一人しか見てない」

 別の場所から合いの手だ。

「俺もだ」

「ひょっとして、敵は一人しかいないんじゃねえか」

 まずいことになった。いや、はじめからこうなることはわかっていたはずだ。

「一人じゃなくても相手は少ない。みんな表に出るんだ。数で押せば勝てるぞ」

 引き戸の開く音、足音足音。

 表通りに左目だけを出すと、白壁にうつる影。四つ、五つ、六つ。隠し《ポケット》からつぶてを取り出すと、先頭で向かってくる男の頭あたりに投げつける。

 ギャっと悲鳴。当たり所は悪くなかった。飛び出すと、道の真ん中に置いてきた大身槍のところへ一目散。味方が邪魔なのか矢は来ない。

 左手には剣、右手には大身槍を握ると、さきほどの家に飛び込む。剣は鞘へ、大身槍を両手に構え直し、ジリジリと後ろへ下がる。一対多の戦いは、常に動き続けることが必要だ。そのまま裏口から外に出ると、村の奥に進む。数件通り過ぎると、表の道へ戻る。この暗さなら、弓手の野郎も俺が敵か味方かわからんだろうよ。そのまま道を横切ると、扉の開いた家へ飛び込む。

 ぐるぐるグルグル追いかけっこ。だが、ちゃんと目的はある。隣の家か、その隣の家に弓手がいるはずだ。

 つっかい棒を外し、裏口から出ると隣の家の裏口へ。閉まっていた。大身槍で強くこじると、ガタンと扉が外れる。右手で石を握り、体を扉の影に入れてから左手で扉を勢いよく開く。

 案の定、矢のお出迎え。

 外れた扉を手に取ると、両手で少し斜めに掲げて家に突っ込む。戸板は薄く、矢なら貫通するだろうが、威力は落ちるはず。部屋に入るとそのまま弓鳴りの方へ。

 射られた矢は二本。一本は戸板を突き抜け左肩に刺さったが、ほんのかすり傷。もう一本はどこに飛んだのかわからない。

 突進を避けた弓手が、戸板の左からひょっこり顔を出す。板を手放すと、左の拳で鼻っ柱へご挨拶。ひるんだところを右足で蹴上げ、短剣を抜くと喉笛へ突き立てた。

 しまった、抜けない。肉に噛まれたのか、骨に引っかかったのか。しかたないので短剣はあきらめた。

 これで弓手はいない。いや、腕のいい弓手はいないはずだ。弓に自信があるのなら、もっと射かけてきたんじゃないか。

 いや、それは甘えた考えか。

 どうでもいい。俺は裏口に置いた大身槍を取りに戻った。

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