遠くに小さな残り火、その向こうには男の姿。

 見張りなら、火の場所をもう少し考えろよ。

 忍び寄って首をき切るか。さすがに難しいだろう。ならばこれを使うか。

 音を立てずにある程度忍び寄ると、片膝ついていしゆみを構える。栗鼠りすを射るために何度か練習をしたので、癖はつかんでいる。

 狙いは顔。引き金をコトリと落とせば、甲高いげんの音。

 くぐもった声とともに男が後ろに倒れる。すかさず忍び寄り、男の首筋へ槍を突き立てた。

 これで一人。

 うめき声なら、他の連中が起き出すことはないだろう。そのまま杣道そまみちを進むと、村に向かう。

 暗闇に浮かぶ白い壁。このあたりでは、レンガ造りの壁に白土を塗っているのが普通だ。茅葺かやぶきの屋根が俺をにらんでいる。

 音をたてないように、引き戸を滑らせる。体を横にして入ることができるギリギリの幅まで開くと、室内に入る。外も暗いが、室内はもっと暗い。右は台所、奥が寝室のようだ。

 息を整え、大身おおみ槍を音をたてないように地面へ置いた。短剣を抜こうとした時、こんなことなら小男から奪った業物わざものを置いてくるのではなかったと少し後悔。

 目が慣れてくると、奥が少し明るいのがわかる。

 窓を開けているな。

 真っ暗だと、誰が眠っているのかもわからなかったはず。奥の部屋まで進むと、寝台には二人の寝姿。一人は男、一人は女。

 これは困った。この男は敵なのか村人なのかわからない。体格はゴツく、山賊といえば山賊に見える。

 どうする、どうする。男がゴロリと寝返りをうつ。月の光に照らされるのは、大きな入れ墨。農民にも入れ墨を入れるものがいるかもしれないが、右半身全体という者はおるまいよ。

 短剣を左手に持ちかえると寝台へ忍び寄る。右手で男の口を押さえると、左手で肝臓を素早く三回突き刺した。

 男の瞳から力が失われるのを確認すると、隣の女が目を開き、ギャッと一声あげた。すかさず右手で女の口を強く押さえる。

 静かな村だ、女の叫び声は響き渡ったはず。だが、きいておかなければならない。

「心配するな、助けにきた。大声を出すなよ。族は何人だ」

 目が大きく見開かれ、そして光が戻った。手を口から離す。

「何人かはわからない。二十人はいた」

「この村の男たちはどうした」

 女は大きく息を吸った。

「たぶん、全員殺された」

 必要な情報は手に入れた。山賊に情が移っている可能性も考えたが、まだ憎しみの方が上回っているようだ。

「黙ってここで待ってろ。俺が連中に報いを受けさせてやる」

 寝台は血まみれだろうが、表に出て来られると邪魔なのだ。

 大身槍を取り、表に出るが敵の姿は見えない。なるほど、女の悲鳴など日常茶飯事というわけか。

 ここから先は、小道に沿って両端に家がある。敵が目を覚ますまでに、ある程度の数を減らしておこう。

 次の一軒は、中からつっかい棒がかけられて扉が開かなかった。用心深い奴もいるもんだ。

 次の家。まるでこちらが押し込み強盗のようだ。扉は開く。ここの家に眠っていたのは男だけだった。短剣で静かに男を殺す。これで三人目。

 隣の家にも同じように忍び込む。寝台には男と女。左手で、うつ伏せに眠る男の頭を後ろから強く押さえつけ、右手で脇腹を何度も突き刺す。四人目。生暖かい血が吹き出したのか、隣に寝ていた女が叫びはじめた。

 まずい。口を押さえようとするが、するりと抜け出して金切り声だ。

「人殺し! 助けて! 人殺しだよ!」

 仕方ない。短剣を鞘に戻すと声の方へ向かい、叫び声の源を拳で一撃。

 カエルを踏んだような音がして、叫び声は止まる。ケガはしたかもしれないが、死んではいないだろう。

 大身槍を手に取ると、今度こそはと覚悟して、家の外へ出る。

 さすがは場数を踏んでいる連中だ。すでに斜向かいの家からは、手に剣を持った男が飛び出してきた。白壁に浮かぶ人の姿。男がこちらに気がついたとき、右手から飛んだつぶてが鈍い音をたてた。

 ツツと間を詰めると、大身槍を一閃。うまく刃筋が通り、首がゴロリと落ちる。一拍遅れて血が噴き出した。ビチャビチャと大きな水音。いや、血の音だ。

「敵だ! 敵襲だ!」

 もう忍んでいる場合ではない。近くで大声を上げる男に駆け寄ると、影のど真ん中向けて槍を押し出す。暗くて急所を狙う暇はなかった。手応えを感じたところで、穂先を捻って肉に噛まれないようにする。

 思っていたより、表に出てきている連中は少ない。暗闇の中で屋外に出るのは得策ではないという判断か。

 仕方ない。手近な扉のそばに寄り、入り口の脇から引き戸を大きく開く。つっかいがかまされてなくて良かった。

 扉が開いた瞬間、中から槍の一突き。大身槍を持ち直し、引き戻される穂先とともに家へ入ると、槍の持ち主へ力の入った突きをくれてやる。どこへ当たったのかはわからないが、敵はギャッと一声あげると後ろへ倒れた。とどめを刺すことはできない。暗闇は友でもあるが敵にもなる。

 背後から近づく複数の足音。敵さん、やっと目を覚ましたか。

 建物を背にすると、白壁に姿が浮かび上がる。こちらからは相手の姿がはっきり見えないが、相手からはこちらの輪郭は見えているはず。目を閉じて心眼で戦う奴もいるが、俺には無理な芸当だ。

 影の一つが躍りかかってくるのが見えたとき、石突きを右足で踏みつけて、穂先を跳躍する影に向けた。

 ドンと右足に衝撃が走ると大身槍から手を離し、腰の剣を抜きざまに薙ぎ払う。

 手応えあり。

 もう一つの足音が消えた。

 突っ立っていると弓で射られる危険がある。背を低くすると、剣をさやに戻す。この鞘は終わりだ。血が固まれば抜けなくなる。命を賭して戦っているのに、鞘を買い換えなければならないことが気になっていた。

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