Ⅲ
コブハ村の人口は六十人ほど。雑穀の栽培と狩猟で生計を立てている。
広がる森には、
頭の悪い小鬼なら、三十や四十どうということはない。大鬼の
ここからでは、その姿は見えないが、フゲンのオッサンを疑う理由はない。
目を凝らすとうっすらと一条の炊煙が目に入る。
火を使うのならば、
フゲンをその場に留め、足音を忍ばせて杣道を進む。敵の姿が見えなければ、手で合図を送りフゲンを呼ぶ。
同じ事を三度繰り返したとき、前方に人の姿が見えた。相手には気付かれていない。
上半身裸で手には槍。小鬼でも大鬼でもない、ただの人間。村人かもしれないが、それにしてはガラが悪い。そのままオッサンのところまで戻る。
「道の先に見張りがいるぞ。槍を持っているが、俺には村の人間かどうかがわからん。フゲンさんはわかるか」
フゲンは首を横に振る。
「手紙のやりとりはしとったが、知り合い以外の村人は知らんな。顔を見てもわからんと思うぞ」
本当に役に立たないオッサンだ。
村の様子を見にきて村人を殺していては世話がない。
「少し待っていてくれ」
杣道から外れると、すぐに下草枯れ枝の散乱する林になる。音を立てずに移動するのは至難の技だが、村まではそれほど距離はないはずだ。
進んでは休み、休んでは進むうちに日が傾く。日が暮れる前に、村を一望できる場所へ行かねば。
気配を消すのは武術だが、山を静かに歩くのは忍術だ。だが、杣道の見張りを迂回し、やっと村の近くへまでたどり着く。
日は傾き、夜の
全裸だ。
いくらなんでも、普通なら若い女が全裸で家の外に出てくることはあるまい。
なるほど、
六十人の村なら二十人は子どもか年寄り。残りの半分が男だとすれば、二十名を制圧できるだけの数がいる。最低三十。野営はしていないのだから、六十はおるまい。
それだけの数を一人で相手にするのか。
背筋にブルりと痺れが走る。恐れではない、期待だ。誰にも
切り結べ、とレッテ師匠はいったが、これほどの機会はないだろう。
これ以上ここにいても仕方がない。フゲンのオッサンがいるところまで時間をかけて戻っていった。
「フゲンさん、どうやら村は山賊か盗賊かわからないが、
オッサンは大きくため息をついてから、顔を伏せた。
「お前はどうするつもりだ。軍隊でも呼んでくるか」
冷静になれば、味方を集めて攻撃するのが正しいのだろう。だが、血はたぎり、気ははやっていた。
「あんたは俺に、義を見てせざるは勇なきなりとかいったよな。これでも
本当は、そんなことなどどうでもいい。口元が緩む。
「なんでそんなに嬉しそうなんだ。お前は頭のネジが外れてるのか」
フゲンは一瞬だけ怪訝そうな顔をしたが、それだけだった。自分の目的が達成できればどうでもいいのだろう。
背嚢から、昨晩の燃え残りの炭を取り出す。別にこういうときの為ではない。次に焚き火をおこす時、火勢を得るために持っていたのだ。顔を炭で汚すと水筒から水を飲んでから、歯を黒く染めた。苦さが口を満たすが、暗闇では白い歯は目立つ。
「俺が朝までに戻らなければ、応援を呼びに行け。余計なことは考えなくていい。どちらにしろ、これで
「死ぬなよ、無理だと思えば逃げてこい」
いまさら心配かよ。返事は返さず杣道に沿って村へ向かう。月の位置からすると夜明けは近い。夜襲には最適の時間だ。
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