コブハ村の人口は六十人ほど。雑穀の栽培と狩猟で生計を立てている。

 広がる森には、小鬼ゴブリン大鬼オーク、大熊なども出ることがあるらしいが、ここ数十年コブハ村が襲われたことはないという。

 頭の悪い小鬼なら、三十や四十どうということはない。大鬼の膂力りょりょくは脅威だが、心臓があり、二本足の相手なら技が通じる。問題はそれ以外の大物だ。猟師は大熊を一人で狩るというが、それは武術ではなく技術だ。夫婦めおとの大熊なら、六十人の村人を皆殺しにできるか……いや、無理だろう。もっと恐ろしい化け物がいるのだろうか。まあいい、出たとこ勝負だ。


 杣道そまみちの先には小さな集落。

 ここからでは、その姿は見えないが、フゲンのオッサンを疑う理由はない。

 目を凝らすとうっすらと一条の炊煙が目に入る。

 火を使うのならば、けものではなかろう。ここからは、敵がいるという前提での行動だ。

 フゲンをその場に留め、足音を忍ばせて杣道を進む。敵の姿が見えなければ、手で合図を送りフゲンを呼ぶ。

 同じ事を三度繰り返したとき、前方に人の姿が見えた。相手には気付かれていない。

 上半身裸で手には槍。小鬼でも大鬼でもない、ただの人間。村人かもしれないが、それにしてはガラが悪い。そのままオッサンのところまで戻る。

「道の先に見張りがいるぞ。槍を持っているが、俺には村の人間かどうかがわからん。フゲンさんはわかるか」

 フゲンは首を横に振る。

「手紙のやりとりはしとったが、知り合い以外の村人は知らんな。顔を見てもわからんと思うぞ」

 本当に役に立たないオッサンだ。

 村の様子を見にきて村人を殺していては世話がない。

「少し待っていてくれ」

 いしゆみと大身槍を手渡すと、道の脇に隠れるよう頼んだ。これで得物は腰の剣のみ。

 杣道から外れると、すぐに下草枯れ枝の散乱する林になる。音を立てずに移動するのは至難の技だが、村まではそれほど距離はないはずだ。

 進んでは休み、休んでは進むうちに日が傾く。日が暮れる前に、村を一望できる場所へ行かねば。

 気配を消すのは武術だが、山を静かに歩くのは忍術だ。だが、杣道の見張りを迂回し、やっと村の近くへまでたどり着く。

 日は傾き、夜のとばりがおりようとしているのに、村人の姿は見えない。仕事をしているとしても、そろそろ家に戻る頃だろう。その時、一件の家から若い女が表へ出てくるのが見えた。

 全裸だ。

 いくらなんでも、普通なら若い女が全裸で家の外に出てくることはあるまい。

 なるほど、魔物モンスターではなく山賊のたぐいに襲われたか。どこから流れてきたのかはわからないが、村を襲って住み着いたと見える。だったら恐れることはない。

 六十人の村なら二十人は子どもか年寄り。残りの半分が男だとすれば、二十名を制圧できるだけの数がいる。最低三十。野営はしていないのだから、六十はおるまい。

 それだけの数を一人で相手にするのか。

 背筋にブルりと痺れが走る。恐れではない、期待だ。誰にもとがめられずに、戦って好きなだけ相手を殺すことができる。

 切り結べ、とレッテ師匠はいったが、これほどの機会はないだろう。贈物ギフトという恩寵を与えられていない俺は、どこかで己の技に限界を感じ始めていた。山賊相手に生き残ることができれば、その限界を突き破ることができるような気がする。

 これ以上ここにいても仕方がない。フゲンのオッサンがいるところまで時間をかけて戻っていった。


「フゲンさん、どうやら村は山賊か盗賊かわからないが、ろくでもない連中に占領されているみたいだ。あんたの友人がいるなら、殺されていると考える方がいいかもしれない」

 オッサンは大きくため息をついてから、顔を伏せた。

「お前はどうするつもりだ。軍隊でも呼んでくるか」

 冷静になれば、味方を集めて攻撃するのが正しいのだろう。だが、血はたぎり、気ははやっていた。

「あんたは俺に、義を見てせざるは勇なきなりとかいったよな。これでも侠客きょうかくだ。俺は黙って逃げ出すわけにはいかない。これからあいつらに思い知らせてやる」

 本当は、そんなことなどどうでもいい。口元が緩む。

「なんでそんなに嬉しそうなんだ。お前は頭のネジが外れてるのか」

 フゲンは一瞬だけ怪訝そうな顔をしたが、それだけだった。自分の目的が達成できればどうでもいいのだろう。

 背嚢から、昨晩の燃え残りの炭を取り出す。別にこういうときの為ではない。次に焚き火をおこす時、火勢を得るために持っていたのだ。顔を炭で汚すと水筒から水を飲んでから、歯を黒く染めた。苦さが口を満たすが、暗闇では白い歯は目立つ。

「俺が朝までに戻らなければ、応援を呼びに行け。余計なことは考えなくていい。どちらにしろ、これで依命扶翼牌いめいふよくはいへの責任は果たしたことにする、いいな」

「死ぬなよ、無理だと思えば逃げてこい」

 いまさら心配かよ。返事は返さず杣道に沿って村へ向かう。月の位置からすると夜明けは近い。夜襲には最適の時間だ。

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