Ⅱ
フゲンというオッサンによると、アンダイエよりさらに山奥、街道から離れること三日ほどの場所に、コブハという村があるという。オッサンはコブハ村に知り合いがいるのだが、手紙を送っても返事がない。ラジドル逓送便のカルテイアへ問い合わせたが、手紙は届けたとの返事。仕方ないので、わざわざサンディアまで
ただ事ではない。
山奥の小さな村と連絡がつかないとなれば、
カルテイアも渋っていたようだが、オッサンは
乗りかかった船。渡世人は名を失っては生きていけない。それに、
馬は逃がしたので、馬車を動かすことはできない。死体を動かしても、あたりは血の海だ。山賊に襲われたという
物盗りの仕業に見せるため、金目のものと武器をすべて奪うことにする。河原で殺した小男の、良く切れる短剣を死体に突き立てる。目端の利く奴がいれば勘違いしてくれるかもしれない。いや、これほどの逸品を死体に刺しておくはずがない。思い直して、短剣を抜き、道の外れに捨て置いた。落としたということならば、あり得る状況だ。御者の一人は
ギャアギャア文句を
地面に眠るオッサンを見ながら考える。身のこなしは軽いが、武術の心得があるようには思えない。金持ちではあるようだが、野宿も平気。依命扶翼牌を持つのだから、どこかの王族か貴族、はたまた大商人。ゴドリエルなどという名は知らぬから偽名か。しかし、姓を持つということは平民ではない。フゲンの低い
アンダイエを迂回し、二日目の夜はコブハ村へ向かう
できるだけ煙の出ない乾燥した
「オ――いやフゲンさん。明日のことなんだが、いいか」
フゲンは汁をすすりながらうなずいた。
「まず、あんたは武器を使えるか。人並みでも、以上でも、以下でもいい。本当のことを教えてくれ」
二人しかいないのだ。自分の身を守れるかどうかくらいは知る必要がある。
「栗鼠くらいなら狩れるが、子どもを相手にしても殺されるだろうよ。役に立たない男だと覚えておけばいい」
本当のことか。名人達人ではないだろうが、心得がない者にも思えない。自分は手を貸さないという意味か。
「わかった、もう一つ。なぜ依命扶翼牌を持っている。あんたは何者だ」
「それは無理だ。その問いには答えてはならぬという決まりがある。ワシがそれを持ち、お前は命を受けるんだ。それだけのことだ」
そうだろうよ。ペラペラ人にきかせることではないことはわかっていた。
「ワシからも一ついいか。御山の出なら、なぜ
御山の威光は、あまねく知れ渡っている。武術道場にでもいけば、先生先生とおもてなし。自分で道場を開き、流派を興す者もいるらしい。
「二つ槍のレッテを知っているか」
「知らいでか。よく槍を使う豪傑じゃないか」
「御山を下りて、そう日もたたない時分にレッテ師匠に出会った。まだまだ血気盛んだった俺は、音にきこえた豪傑がどれほどのものかと一手指南を頼んだわけだ」
汁を飲み干したフゲンは、椀を置いてこちらを面白そうな顔で見つめた。
「強かった! 御山の師範も、レッテ師匠の相手にならないだろうよ。その場で弟子入りすることになった。弟子といっても、ただの荷物持ちだったが、いろいろと大切なことを学んだ」
「任侠の道も、レッテ譲りかよ」
俺はオッサンに笑顔を返す。
「あるとき、リッテ師匠にこう尋ねた。強くなるためにはどうすればいいでしょうかってね」
「豪傑の答えは?」
「斬り結べ、というのが答えだったよ。いくら技を磨こうと、所詮は紙上に兵を談ずるに過ぎない。命を的に戦ってこそ、腕前も上がるというもんだ」
町の武術道場で命のやりとりをするわけにはいかないが、渡世の道にはそれがある。
「それで人殺しか。外道だな」
フゲンの顔に俺を責めるような表情は、これっぽちもなかった。
このオッサンも、俺と同じくらい外道なんだろうよ。
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