フゲンというオッサンによると、アンダイエよりさらに山奥、街道から離れること三日ほどの場所に、コブハという村があるという。オッサンはコブハ村に知り合いがいるのだが、手紙を送っても返事がない。ラジドル逓送便のカルテイアへ問い合わせたが、手紙は届けたとの返事。仕方ないので、わざわざサンディアまで出張でばってきたオッサンは、カルテイアに頼んで使いの者を送ってもらうが、使いの者も帰らなかった。

 ただ事ではない。

 山奥の小さな村と連絡がつかないとなれば、流行病はやりやまいか魔物の襲撃、ひょっとすると神隠し。とにかく、ろくでもないことが起こっているに違いない。

 カルテイアも渋っていたようだが、オッサンはつてを頼ってラジドルからの命令書を持参していた。そこは雇われ人の辛いところ。子分を二人連れ、コブハ村へ向かうところで俺に襲われたという寸法だ。

 御山おやまでは、武を極めるために日夜修行に明け暮れたが、それはそれ、これはこれ。どれほど強くなっても、流行病には勝てぬ。磨いた技も、巨大な魔物には意味がなかったりするもんだ。膂力りょりょくの強い樵夫きこりの方が、よほど役に立つかもしれない。

 乗りかかった船。渡世人は名を失っては生きていけない。それに、殺さなければ、依命扶翼牌いめいふよくはいも発動しまいよ。

 馬は逃がしたので、馬車を動かすことはできない。死体を動かしても、あたりは血の海だ。山賊に襲われたというていにしておけばいいだろう。アンダイエに立ち寄るわけにはいかないので、ここからは森の中を進むしかない。二人で三日。食料は少し足りぬが、なんとかなる。

 物盗りの仕業に見せるため、金目のものと武器をすべて奪うことにする。河原で殺した小男の、良く切れる短剣を死体に突き立てる。目端の利く奴がいれば勘違いしてくれるかもしれない。いや、これほどの逸品を死体に刺しておくはずがない。思い直して、短剣を抜き、道の外れに捨て置いた。落としたということならば、あり得る状況だ。御者の一人はいしゆみを持っていた。あとで狩りに使おう。フゲンというオッサンを連れて、俺たちは森へ入る。


 ギャアギャア文句をれるかと思ったが、存外にフゲンは旅慣れていた。木の上に眠る俺とは違い、外套を二枚合わせ、その間に滑りこむと早々と眠る。煎り麦と干し肉の食事も、うまそうに平らげて、馬のように水を飲むこともない。

 地面に眠るオッサンを見ながら考える。身のこなしは軽いが、武術の心得があるようには思えない。金持ちではあるようだが、野宿も平気。依命扶翼牌を持つのだから、どこかの王族か貴族、はたまた大商人。ゴドリエルなどという名は知らぬから偽名か。しかし、姓を持つということは平民ではない。フゲンの低いいびきが子守歌。いつしか俺も眠りについていた。


 アンダイエを迂回し、二日目の夜はコブハ村へ向かう杣道そまみちへ。今日の夜は火を使う。弩で射た栗鼠りすは、その威力で半分にちぎれているが、汁にするのだから構わない。

 できるだけ煙の出ない乾燥したたきぎを探し、石を集めたかまどで汁をつくる。鍋は馬車から、フゲンのオッサンに持ってきてもらっていた。革袋の水筒から水を満たすと栗鼠の肉を入れ、煮立ったところで煎り麦を加える。岩塩を砕いて味付けすれば、栗鼠がゆだ。

「オ――いやフゲンさん。明日のことなんだが、いいか」

 フゲンは汁をすすりながらうなずいた。

「まず、あんたは武器を使えるか。人並みでも、以上でも、以下でもいい。本当のことを教えてくれ」

 二人しかいないのだ。自分の身を守れるかどうかくらいは知る必要がある。

「栗鼠くらいなら狩れるが、子どもを相手にしても殺されるだろうよ。役に立たない男だと覚えておけばいい」

 本当のことか。名人達人ではないだろうが、心得がない者にも思えない。自分は手を貸さないという意味か。

「わかった、もう一つ。なぜ依命扶翼牌を持っている。あんたは何者だ」

「それは無理だ。その問いには答えてはならぬという決まりがある。ワシがそれを持ち、お前は命を受けるんだ。それだけのことだ」

 そうだろうよ。ペラペラ人にきかせることではないことはわかっていた。

「ワシからも一ついいか。御山の出なら、なぜ破落戸ごろつきに頼まれて人を殺すようなことをしとるんだ。町の道場にでもいけば、下にも置かない扱いで左うちわ。貴族でも殺して凶状持ちにでもなったのか」

 御山の威光は、あまねく知れ渡っている。武術道場にでもいけば、先生先生とおもてなし。自分で道場を開き、流派を興す者もいるらしい。

「二つ槍のレッテを知っているか」

「知らいでか。よく槍を使う豪傑じゃないか」

「御山を下りて、そう日もたたない時分にレッテ師匠に出会った。まだまだ血気盛んだった俺は、音にきこえた豪傑がどれほどのものかと一手指南を頼んだわけだ」

 汁を飲み干したフゲンは、椀を置いてこちらを面白そうな顔で見つめた。

「強かった! 御山の師範も、レッテ師匠の相手にならないだろうよ。その場で弟子入りすることになった。弟子といっても、ただの荷物持ちだったが、いろいろと大切なことを学んだ」

「任侠の道も、レッテ譲りかよ」

 俺はオッサンに笑顔を返す。

「あるとき、リッテ師匠にこう尋ねた。強くなるためにはどうすればいいでしょうかってね」

「豪傑の答えは?」

「斬り結べ、というのが答えだったよ。いくら技を磨こうと、所詮は紙上に兵を談ずるに過ぎない。命を的に戦ってこそ、腕前も上がるというもんだ」

 町の武術道場で命のやりとりをするわけにはいかないが、渡世の道にはそれがある。

「それで人殺しか。外道だな」

 フゲンの顔に俺を責めるような表情は、これっぽちもなかった。

 このオッサンも、俺と同じくらい外道なんだろうよ。

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