指顧

 御山おやまでの修業がはじまり、十年が過ぎた。

 三年目に贈物ギフトを調べるために神殿へ連れていかれたが、結果は贈物ギフトなし。

 神様も、こんなひねくれ者に恩寵を授ける気にはならなかったんだろう。

 特に悔やむことも、恨むこともない。一緒に神殿へ行った弓にけた男は、御山で二度と目にすることがなかった。きっと贈物ギフトが見つかったのに違いない。あいつは今頃どうしてるのだろうか。

 御山での修業期間は十年。それが過ぎれば放逐される。

 師範に媚びて御山に残るものもいるらしいが、俺はさっさと娑婆しゃばに戻りたかった。


「よくぞ十年に及ぶ修業に耐えた。お前たちは御山の誇りだ。これ以上、ここでお前たちに教えることはない」

 せっかくの門出に、髭モジャのジジイが説教だ。あいつは剣術の師範だったか。

「広く世界を見て回り、技を鍛えよ。御山の威光を高めるのだ。もし、お前たちが御山の名を汚すようなことがあれば、ただでは済まぬことを忘れるな」

 ある種の脅しなのかもしれないが、ここを出た後に御山の名を使うつもりなどない俺には関係のないことだ。

「そして、最後に御山を下りるお前たちに、伝えておくことがある」

 髭モジャは、そのふところから一つのふだを取り出す。子どもの手のひらほどの札、いや木でできたはいだ。御山のすべての施設に掲げられている紋章が、中央に大きく描かれている。

「この牌を持つ人物から助力を求められれば、すべてを投げうってでも手を貸すんだ。この依命扶翼牌いめいふよくはいを持つ者は御山の恩人、最重要人物なのだ」

 御山が権力に屈しない、自由な場所だという建前を信じるほど子どもではない。ここには千人近くの人間が暮らしている。野菜をつくったり、狩りで動物の肉を手に入れたりはしても、自給自足できているとは思えなかった。誰かが食料その他を支援している。金を払う出資者に与えられる特権のようなものなのか。こういうことだと、贈物ギフトを持つ人間がどうなったのかも怪しいもんだ。

「師範、ひとつ教えてください」髭モジャがうなずく。「もし、自分の命が危なくて、そのなんとか牌を持つ人間を、殺さなくてはならないような場合はどうなるのですか」

 また余計な一言であることはわかっているが、黙っていられなかった。師範は、これ以上ない悪い笑顔を浮かべた。

「この依命扶翼牌には、特殊な魔術が封じ込められている。奪われたり、持ち主を殺したりすると、その相手を特定することができる。その不届き者は、永遠にこの御山から命を狙われることになるだろう。しかし安心しろ。依命扶翼牌を持っている人物は、お前たちを害することができない。これも契約に含まれている」

 本当に、そんな魔術があるのだろうか。それもどうでもいいことだ。なんとか牌を持つ人間に出会うことなど絶対にないだろうから。


 御山を出てからすでに七年。目の前のオッサンが掲げるのは、依命扶翼牌。あの紋章を見間違えるはずはない。

 そのまま剣で斬り殺しても、突き殺してもよかった。だが、髭モジャのことばが頭をよぎる。

 七年の間に、何人と斬り結んだかわからない。髭モジャが、御山では教えることがないといったのは本当のことだった。技をどれほど磨いても、命を懸けた殺し合いの経験以上に、己を鍛えることは出来なかっただろう。今なら、御山の刺客を相手にしても、そう簡単にやられることはないはずだ。

「その顔、知っているな。お前は依命扶翼牌のことを知っている。御山の出身か」

 大きくため息をついて、剣を捨てる。殺す気がなくなったのだ。

「御山の剣士が、金で雇われ人殺しか。本当に情けない世の中だ」

 憎まれ口を叩いているオッサンに向け、怒りを叩きつける。

「カルテイアが、どれほどの大夫だっていうんだ。役人を後ろ盾にし、傍若無人のラジドル一家の一員じゃねえか。人を殺しても無罪放免。俺は天誅を加えただけだ」

 金は貰ったが、金の為に殺すわけではない。恩義を返しているだけなのだ。

「盗人にも三分の理か。まあいい。御山の男なら、ワシを助ける義務があるはずだ。カルテイアが死んだなら、お前に代わりを務めてもらおう」

 殺せば追いかけられるかもしれない。だが、逃げるのはどうだ。顔は見られていないし、名乗ってもいない。逃げてしまえば、魔術とやらも発動しないのではないか。

 返事はせず、オッサンに背を向け立ち去ろうとする。俺には関わりのないことだ。

「おい、逃げるのか。悪人に天誅を加えたといったな。カルテイアは困っている人を助けるために、これからワシと出かけるところだったんだぞ。こいつは悪人だったかもしれん。だが、お前がカルテイアを殺したことで、救われたかもしれない命が失われることになる。それで仁義をまもったといえるのか。それで侠客きょうかくとは片腹痛いわ」

 なんといわれようと関係ない。俺がオッサンを助ける理由はない。

「なるほど、わかった。町に戻れば吹聴してやるわ、孑孑ぼうふらのウェイリンは義を知らぬ腰抜けだと」

 歩みを止めると、振り返ってオッサンをにらみつける。

 なぜわかった。

 顔は隠しているし、大身おおみ槍も握っていない。

 ニヤニヤと笑うオッサンは、小馬鹿にしたようにいった。

「わからいでか。カルテイアが殺したのはジョブロ身内。その報復というなら、ジョブロに頼まれてきたんだろうよ。少し前までジョブロのところに、孑孑ぼうふらのウェイリンという食客しょっかくがおったのは知っとるぞ。よく槍を使う破落戸ごろつきだ。まさか御山の出だとは知らんかったが、義を見てせざるは勇なきなり。とんだ腰抜けだ」

 冷たい怒りが溢れるが、ぐっと我慢。腹が立ったからと人を殺していれば、世の中は死体だらけだ。

「御山に関係しているなら、己の力で解決すればいいだろうに。なぜ腰抜けを頼る」

 頭巾に覆面、かなぐり捨てると吐き捨てるように怒鳴るが、柳に風。オッサンには爪の先ほどの痛痒もないようだ。

「おお、男らしい面構えをしとるじゃないか。ワシの名はフゲン・ゴドリエル。フゲンでいいぞ」

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