Ⅳ
旅のあいだ、ケーレという男はずっと上機嫌だった。時には野宿もしたが、メシだけはいつでも腹一杯食べさせてくれたので、俺も上機嫌。通過する町々でケーレはしばらく姿を消したが、俺と同じようなガキを連れてくることはなかった。
「いまから行く、
朝から
「御山は、周囲を深い森に囲まれた
武林ということばは、以前もケーレの口からでたが、いまひとつ意味がわからなかった。
「ケーレ、その武林というのはなんなんだ」
ケーレは驚いた顔をしたが、すぐに答えてくれた。
「ケーレさん、だろ。まあいい。王侯には王侯の社会がある。どこの王様が誰と結婚したとか、あっという間に全世界に広がるんだ。学者にも学者の社会があるし、博徒にも博徒の社会がある。詳しくは知らんが、魔術にもあるらしい。国なんて関係ない。武の世界にもそれがある。武術の世界にも、強くなりたいという同じ
「
薬屋には薬屋の
「まあ、似てはいるが少し違うな。
余計に意味がわからなくなったが、わかったような顔をしておくことにした。
ひと月ほど旅をし、たどり着いたのが御山の
こんなところで宿屋を開いて客は来るのか、子どもながらに疑問に思う。
街道は行き止まり、森に続くのはけもの道。
宿屋の主人は左目に黒い眼帯をつけた屈強な男で、ただ者ではない雰囲気を
「おう、フリエルさん。今回は一人つれてきたぞ」
顔なじみなのだろう、ケーレは宿屋の主人に挨拶する。長いものには巻かれろ、俺も頭を下げた。
「
酔っ払いがうなずくと、宿屋の主人はいそいそと表へ出ていった。
「フリエルは愛想こそ悪いが、料理の腕前はなかなかなもんだ。メシを楽しみにしておけよ」
メシがうまいならなんでもいい。だが、宿の主人がなにをしに行ったのか気になった俺は、ケーレの荷物を置いて表に出た。
宿屋の横は少し開けた広場のようになっており、主人はそこで
「
振り返りもせず、フリエルという男は藁束を投げ込み続けた。
「御山へ行くとは、小僧のくせに根性があるな。なにを使う」
使う、というのが得物のことであることに気がつくのに少しだけ時間がかかる。
「ああ、得物のことか。棒だよ。ところで、御山って、そんなに恐ろしいところなのか」
町では、腹一杯になるために命を賭けていた。食べ物がない恐ろしさに比べれば、どうということはないと思っていたが、少しだけ心配になってくる。
「毎日毎日、血のションベンがでるほどの修行だ。修行に耐えられず逃げようと思っても、御山のまわりは
ガキであっても直感的にわかることがある。黙っていられないのは、生まれながらの性分だ。
「それでも、逃げなければちゃんと面倒を見てもらえるんだろ。オッサンみたいに」
フリエルは右目をピクピクと痙攣させ、こちらをにらんだ。
「糞ガキが、わかったようなこといってるんじゃねえぞ。ガキの一人くらい半殺しにする力は残ってるんだ」
十分に火勢が強くなった台座に、今度は緑の残る小枝を束ねたものを放り込むと、煙は一挙に青みがかったものに変わった。
「無駄口叩かずに宿に戻ってろ!」
余計な一言は、宿の主人を怒らせてしまったようだった。真実は時に人の心を傷つけるのだ。
二日間宿に逗留したが、食事はありあわせで、とてもおいしいとは思えなかった。余計なことをしなければ違ったのかもしれない。
三日目の昼に森から四人の屈強な戦士たちが現れて、俺を連れて御山へ向かうことになった。ケーレとは宿屋で別れることになる。剣、弓、槍。それぞれの武器で武装した戦士たちは、
驚きはさらに続いた。けもの道を山に向かって進む旅では、三度
この四人のようになれるのであれば、恐れるものは何もないだろう。覚悟はできている。誰よりも強くなり、自分の人生を取り戻すのだ。
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