「おい、起きろ。起きろ小僧」

 誰かに呼びかけられ、目を覚ます。見えるのは青空。鼻と頭の天辺が痛いのは、剣で殴打されたからだろう。足と腕は縛られている。

「目が覚めたか。暴れないと約束するなら、縄をといてやる」

 黙ってうなずくと、外される足の縄、手の縄。殺すつもりなら、とっくに殺されているはず。なにかの目的があるのだろう。

「お前の名前は。なんで一人で暮らしてるんだ」

「ウェイリン。一緒に旅をしていた父ちゃんがいなくなった」

「女みたいな名前だな。捨て子か」

「違う」

 捨てられたのではない。戻って来られなくなったのだ。

 男はしばらく黙っていた。

「俺の名前はケーレ。お前のような子どもを探してる者だ」

 人さらいか。子どもを捕まえて、奴隷にでもして売るのだろうか。

「変なことを考えるなよ。人さらいじゃない。俺は世界を回って、お前のような武の才能がある子どもを探しているんだ。そして、その才を伸ばせるようなところへ案内するのが俺の仕事だ」

「武の才能ってなんだよ。そんなもんないよ」

 男はニヤリと笑う。

「お前だって、ヴィーネ神が人に授ける贈物ギフトくらい知ってるだろう」

 贈物ギフト。神様が人に産まれながらに与えた才能。魔術や剣術。普通の人間では不可能なことを可能にする力。自分に秘められた力があるというのは、子どもなら誰でも考える夢物語。

「そんなものがあれば、あんたに負けなかっただろ」

「いや、どれほど才能があっても、鍛えなければ意味はない。それに贈物ギフトは必ず代償をともなう。だから、贈物ギフトを呪いと考える人もいるんだぞ」

 代償というのはどういうことだろうか。俺の表情から疑問を察したようで、オッサンは続けた。

「例えばだ、水魔術を使う贈物ギフトを使える奴がいるとする。これは神の恩寵おんちょうだ」

 瓢箪ひょうたんの栓を抜くと、ケーレという男は中の液体を喉に流し込んだ。隣にいるのに、強い酒の臭いが漂ってくる。

「だが、水魔術を使えるかわりに、そいつは何かとんでもない弱点を持っているんだ。例えば酒が飲めないとかな」

 ケーレは瓢箪をこちらへ差し出すが、俺はあきれて首を振る。酒なんて飲んで前後不覚になるわけにはいかない。

贈物ギフトを持っているかどうかは、誰でも高い金を払って神殿に頼めばわかる。しかし、金がない連中の中にも贈物ギフトを持つ人間もいるんだ。神様は、王だから貴族だから、貧乏人だからといって贈物ギフトを与えたり与えなかったりするわけじゃない。そこで、俺のような男の出番というわけだ」

 瓢箪から、もう一口酒を流し込み、男は続けた。

「魔術の贈物ギフトがあるといっても、外見上は普通の人と変わらない。だから、魔術の才能があることなんて、死ぬまでわからないことが多いんだ。だから、魔術の贈物ギフトを持つのは金持ちばかり。だが、武術や体術なら神殿にいかなくても顕現けんげんする。戦場や町での喧嘩で」

 そういって、ケーレは俺の顔をじっと見つめた。なるほど、上手く棒を使うガキがいるということで、俺を探しに来たわけだ。そして、お眼鏡にかなった。

「あんたに見つけられて、なんか俺に得はあるのか」

「あんたじゃなくて、ケーレさん、な。少なくとも俺はお前より強い。敬意を払われて当然だ。得はあるかって? 毎日三回メシが食える。修行は辛いかもしれんが、誰からも一目置かれる男になれるぞ。俺みたいにだ」

 酒がまわったのか、大声で笑うケーレを横に、俺の頭の中では激しく損得の算盤そろばんがはじかれていた。強くなれるということ、そしてメシが食えるということはありがたい。しかし、そんなオイシイはなしがあるものだろうか。ホイホイついていって、なにかの儀式に生け贄として使われるかもしれないし、子どもが好きな変態に売られるのかもしれない。いや、俺を売るのであれば、わざわざ縄を解く必要はなかった。縄で縛った人間を運ぶのは大変だからか。自分の足で、墓穴まで歩かせるつもりなのかもしれない。

「わかった、ケーレさん。だけど、もし俺に贈物ギフトがなかったどうするんだ。拾い上げて、用済みになったら捨てられるんじゃあ、野良犬と同じだ」

 ケーレは、もう一度瓢箪から酒を飲み、瓢箪に栓をした。

「お前の棒術は筋がいい。贈物ギフトがなくても、そこそこの腕前にはなるはずだ。腕の立つ男は、いつだって役に立つもんだ」

「ひとつだけ教えて欲しい。俺もあんたみたいに強くなれるか」

 酒臭い息をまき散らしながら、ケーレは答えた。

「餓鬼にはわからないかもしれんが、俺はそれほど強くない。俺もお前と同じ捨てられ子だ。だが腕っ節には自信があって、喧嘩に負けたことはなかった。あるとき、旅の武芸者が俺にちょっかいかけて来たんで、ぶちのめしてやろうと思ったが、逆にコテンパンにやられちまった。その武芸者が、お前には見込みがあるっていうんで、チアル山へ行ったんだ」

 チアル山というのが目的地。そこになにがあるのだろう。

「そこで贈物ギフトがあることがわかったのか」

 少し悲しそうな顔をした酔っ払いは、ポツリとつぶやいた。

「いいや、俺には贈物ギフトなんてなかったんだよ」

 魔術のような剣さばき。贈物ギフトがなくとも、あれくらい強くなれるのか。だったら命を賭ける価値はある。もし思うようにならなければ逃げるだけだ。

「なんにも払えるものはないぜ。銅貨もさっき使っちまった」

「餓鬼から金を巻き上げようなんて思ってないよ。だが、修行は厳しい。なかには命を失うものもいる」

 ただより高いものはない。だが、このまま残飯をめぐって殺し合うよりはマシ。

「あんたを信用したわけじゃない。だけど、強くなれるんだったら行ってやるよ。チアル山とやらにね」

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