Ⅲ
「おい、起きろ。起きろ小僧」
誰かに呼びかけられ、目を覚ます。見えるのは青空。鼻と頭の天辺が痛いのは、剣で殴打されたからだろう。足と腕は縛られている。
「目が覚めたか。暴れないと約束するなら、縄をといてやる」
黙ってうなずくと、外される足の縄、手の縄。殺すつもりなら、とっくに殺されているはず。なにかの目的があるのだろう。
「お前の名前は。なんで一人で暮らしてるんだ」
「ウェイリン。一緒に旅をしていた父ちゃんがいなくなった」
「女みたいな名前だな。捨て子か」
「違う」
捨てられたのではない。戻って来られなくなったのだ。
男はしばらく黙っていた。
「俺の名前はケーレ。お前のような子どもを探してる者だ」
人さらいか。子どもを捕まえて、奴隷にでもして売るのだろうか。
「変なことを考えるなよ。人さらいじゃない。俺は世界を回って、お前のような武の才能がある子どもを探しているんだ。そして、その才を伸ばせるようなところへ案内するのが俺の仕事だ」
「武の才能ってなんだよ。そんなもんないよ」
男はニヤリと笑う。
「お前だって、ヴィーネ神が人に授ける
「そんなものがあれば、あんたに負けなかっただろ」
「いや、どれほど才能があっても、鍛えなければ意味はない。それに
代償というのはどういうことだろうか。俺の表情から疑問を察したようで、オッサンは続けた。
「例えばだ、水魔術を使う
「だが、水魔術を使えるかわりに、そいつは何かとんでもない弱点を持っているんだ。例えば酒が飲めないとかな」
ケーレは瓢箪をこちらへ差し出すが、俺はあきれて首を振る。酒なんて飲んで前後不覚になるわけにはいかない。
「
瓢箪から、もう一口酒を流し込み、男は続けた。
「魔術の
そういって、ケーレは俺の顔をじっと見つめた。なるほど、上手く棒を使うガキがいるということで、俺を探しに来たわけだ。そして、お眼鏡にかなった。
「あんたに見つけられて、なんか俺に得はあるのか」
「あんたじゃなくて、ケーレさん、な。少なくとも俺はお前より強い。敬意を払われて当然だ。得はあるかって? 毎日三回メシが食える。修行は辛いかもしれんが、誰からも一目置かれる男になれるぞ。俺みたいにだ」
酒がまわったのか、大声で笑うケーレを横に、俺の頭の中では激しく損得の
「わかった、ケーレさん。だけど、もし俺に
ケーレは、もう一度瓢箪から酒を飲み、瓢箪に栓をした。
「お前の棒術は筋がいい。
「ひとつだけ教えて欲しい。俺もあんたみたいに強くなれるか」
酒臭い息をまき散らしながら、ケーレは答えた。
「餓鬼にはわからないかもしれんが、俺はそれほど強くない。俺もお前と同じ捨てられ子だ。だが腕っ節には自信があって、喧嘩に負けたことはなかった。あるとき、旅の武芸者が俺にちょっかいかけて来たんで、ぶちのめしてやろうと思ったが、逆にコテンパンにやられちまった。その武芸者が、お前には見込みがあるっていうんで、チアル山へ行ったんだ」
チアル山というのが目的地。そこになにがあるのだろう。
「そこで
少し悲しそうな顔をした酔っ払いは、ポツリとつぶやいた。
「いいや、俺には
魔術のような剣
「なんにも払えるものはないぜ。銅貨もさっき使っちまった」
「餓鬼から金を巻き上げようなんて思ってないよ。だが、修行は厳しい。なかには命を失うものもいる」
ただより高いものはない。だが、このまま残飯をめぐって殺し合うよりはマシ。
「あんたを信用したわけじゃない。だけど、強くなれるんだったら行ってやるよ。チアル山とやらにね」
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