当分、あのねぐらには帰れない。今日はどこで眠るか考えると気が重くなる。あれだけの場所は滅多にない。

 この季節なら、夜もそこまで冷え込まないだろう。星を見ながら眠ってもかまわないが、屋根と壁がある場所でないと安心できない。

 いつものように町をぶらつく。どこかの間抜けが荷物から目を離していないだろうか。小銭が落ちていないだろうか。食える物が捨てられていないだろうか。素人でも掏摸すり取れるような財布はないだろうか。目を皿のようにして歩く。

 今日はついていた。旅人に小銭をねだると、銅銭を放り投げたのだ。みるからに堅気でない男だったが、貧乏なガキに同情してくれたのだろう。昔の自分を思い出したのかもしれない。

 手に入れた銅銭で串焼きの屋台から大きな串を二本買うと、ペロリと平らげる。あまりにも腹が減っていたので、せっかくの肉を味わう余裕もなく腹に送り込んだのだが、食べ終わった後にひどく後悔。

 もっとゆっくり、味わって食べるべきであった。肉汁あふれる塊を何度も噛みしめばよかった。昨日の肉屋にいって、保存のきく腸詰めを買えばよかった。後悔しきり。覆水盆に返らず、腹の中にある串も元には戻らない。毎日当たり前のように腹一杯飯を食えるなら、魂だって差し出してやる。

 腹が落ち着くと、次はねぐら探しだ。普段はあまり行かない町の西側へ向かうが、これが間違いだった。

 後ろに、誰かがいるような気配はしていた。だが町中だ、気のせいということもある。

 確かめるつもりで辻を曲がると、両端は壁、前にも家がある袋小路。

 しまった、と来た道を戻ろうとすると、どこかで見覚えのある糞ガキ共だ。一人、二人、三人、四人。ゾロゾロと引き連れやがって。酷く顔を腫らしているのは、昨晩、棒でしこたま殴った相手だろうか。

 手に手に刃物や棒を持つ糞ガキたちに、完全に逃げ道を塞がれた。正面には、建物の裏口らしきものが見える。かんぬきがかかっていなければ、中に入ることができるかもしれない。

 決心すると、正面の扉へ一気に走る。選択の余地はない。扉に肩からぶつかるが、むなしく弾き返される。

 まあ、そううまくはいかないか。

 壁は高く、足場にするものもなかった。獲物になりそうな棒を目で探すが見当たらない。当たり前だ。そんなものがあれば、誰かが盗んで薪にでもしてしまうだろう。四対一、しかもこちらは丸腰だ。

 いや、五対一か。糞ガキたちの後ろから現れたのは、目つきの悪い大人だった。手には棒。腰には剣。こっぴどくやられたので、大人に助けを求めたのか。

 五人の横を走り抜ける。無理。

 大声で助けを求める。やる価値はある。

 全員を叩きのめす。得物があれば考えよう。

「おい、小僧」

 ズカズカと前に出てきた大人が声をかけてくる。小僧というのは俺のことだろうが、相手の意図がわからないので無視。

「お前だよ、小僧。棒を使うのが上手いらしいな」

 そういうと、大人は手に持っていた棒をこちらへ放り投げた。

 なぜ武器をわざわざ渡すのか。棒を使うのが得意だということは、その糞ガキたちなら知っているだろうに。これは一つの好機だ。子どもの棒術など、大したことはあるまいという油断がある。ならば遠慮はしない。棒を拾うと、左半身に構えた。棒を持った途端、心が落ち着くのがわかる。

「おお、なかなかいい構えだ。腕前もそれくらいなら嬉しいんだがな」

 男は剣を抜く。いや、剣のつかさやに縛り付けられており、鞘ごと剣を抜いた。手加減してくれるのか。それとも、倒れた俺にとどめを刺すのは糞ガキたちの役目か。

 剣を腰の高さに構える男の構えは、全身の力が抜けて美しいものだった。武器を持ったガキは手を出す気配はない。

 この男はできる。理由はわからないが、間違いなく剣の達人だと確信する。

「どうした、小僧。かかってこないのか」

 攻める方法しか教わっていない。受けに回って勝てるとは思えなかった。素早く連打で打ち崩す。勝ち目はそれしかない。

 一つ小さく息を吸うと、相手の右膝を狙って棒を突き出した。声を発すると、技の起こりを教えるようなものだ。

 突きは鋭かったが、男の剣先は僅かな動きでその軌道をそらし、棒を下に押さえた。

 しまった、と棒を手元に戻そうとした瞬間、つつと男が間合いを詰めてくる。

 左足を後ろに引き、右半身になるとともに、棒の後ろを持つ右手を前に払う。前も後ろもない棒術ならではの動きだ。体の向きを切りかえながらの打撃を防がれたことは一度もなかった。

 男が笑った。

 棒の横薙ぎを、また剣先で受け流す。一歩踏み込むと、鞘に入った剣でそのままウェイリンの頭を痛打した。鞘がなければ死んでいた。

 頭頂部の痛さは無視し、棒を握った左手を突き出す。右手は筒のようにして支えるだけ。槍の種類に管槍くだやりというものがあり、それを真似たのだ。

 外れることのあり得ない距離だったが、棒の先が相手に当たったかどうかはわからなかった。

 鼻に剣がぶち当たるのがわかり、そのまま意識を失ったからだ。

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