Ⅲ
目が覚める。
眼球だけを動かして、あたりを見回す。
異音に目を覚ましたのではない。人の気配もしない。問題なし。
体が強張っていることで、昨日は木の上で眠ったことを思い出す。軽く肩を回してから、縄を外して猫のように地面に降り立つ。
虫、獣、蛇。樹上で眠ると多くの危険を避けることができるが、不自然な姿勢で眠ることは体への負担となる。常在戦場、いついかなる時と場所でも戦えるのが理想だが、毒虫に刺されることの方が恐ろしい。
煎り麦、干し肉、水。朝に町を出たとしても、このあたりを通過するのは昼過ぎだろう。時間はある。腹がくちくなるまで詰め込んだ。
腹ごなしに、槍の感触を確かめるようにふるう。
管の中に槍の
サンディアの町で、
アンダイエのような寒村に向かう人影は少ない。昼までに道を通ったのはたったの一人。アンダイエからどこかへ野菜でも売りに向かう農夫なのか、背中の
正午を少し過ぎた頃、遠くから音がきこえる。馬の
この道を通る馬車は、ほとんどいないはず。ラジドル逓送便の馬車には赤に十字の印がある。
素早く顔に布を巻き付ける。頭には赤い頭巾。
カルテイアと護衛の二人は、
木立の中から、チラリと見えた馬車には赤に十字。管を通さぬ槍を左手、石を右手に、曲がり角で待つ。
馬蹄の音が近づき、角を曲がった瞬間、馬車と二人の御者の姿が目に飛び込む。
手前が手綱、奥が無手。
右手を短く振り抜くと、手前の男の頭へ平らな石が吸い込まれる。
痛打に
数歩併走し、槍で御者の喉を突く。
そのまま御者台の手すりに左手をかけ、喉を押さえる御者の向こうへ槍を伸ばす。
もう一人の御者が、どれほどの腕前であったかはわからない。
手前の御者が影にならなければ、武器を取ったり、かわしたりしたのだろう。だが、横から肝臓を貫かれたのだ。少なくとも痛みで動けまい。
短剣を抜くと車と馬をつなぐ
細い道の真ん中には、馬を失った馬車が鎮座。御者の一人は地面に倒れ、一人は御者台で死んでいる。馬車の中にはカルテイア一家がいるはずだ。
できるだけ声色を変え、馬車の中に呼びかける。
「中にいるのはわかってる、カルテイアさん。一対一の戦いを所望だ。用があるのは、あんただけだ。中の家族には手を出さない。出てこないなら、馬車を焼くぞ」
条件としては悪くないはずだ。差しの戦いなら勝ち目もある。槍の柄に管を通し、右手には石を握る。カルテイアが飛び道具を持っていないとも限らない。
「本当に約束を守るのか」
馬車の中からきこえる声は、思ったより冷静だ。
「ああ、家族には馬車から顔を出すなといっておけ。姿を見られれば殺さなければならん」
ヒソヒソと馬車の中でことばが交わされ、扉が開いた。
肩幅は広いが背丈は十人並。右手には剣を握った男が、馬車から姿を現す。
顔は見たことがある。間違いなくカルテイアだ。周囲をキョロキョロと見回す。
「仲間はいないのか」
馬車の扉が、中から閉じられた。
「俺一人だ。心配するな」
飛び道具はない。手のひらの石を
「見たことのない男だな。ジョブロの身内か」 頭には赤い頭巾、顔は隠れている。表情は見えないはずだ。
油断なく剣を構えるカルテイアは、確かに戦い慣れしている戦士だ。
切っ先は肩の高さ、左手は軽く拳を握って胸の前に置く。
心臓を守る構え。これは兵士が学ぶ剣術の基本だ。左手を失っても心臓を守ることで、少しは生き延びる確率があがる。
「軍隊流の剣術だな」
どっしりと腰を落とした力強い構えは、鎧を着ての戦いのため。一撃の威力は高いが、動きは遅い。
数歩間合いが近づくと、管槍から稲妻のような突きが繰り出される。
右膝を軽く穂先がかすめると、バネが弾けたようにカルテイアの剣先が動くが、すでに槍は引き戻されていた。
剣士の表情が曇る。
槍使いに対する基本は、突き出された穂先を剣先で押さえ、手元に槍を引き戻すとき相手の
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