Ⅱ
上げ膳、下げ膳、
腕に覚えがある
出入り、暗殺、人殺し。
これでも
ジョブロに呼び出された時、いよいよ借りを返すときが来たのかと腹をくくった。
荷物というほどのものはないが、すぐに出立できるようまとめておく。事が終われば、この町からおさらばだ。
「よく来た、そこに座ってくれ」
ジョブロが示すのは上座。どんな無理難題を押しつけられるのか。
一献、一献、また一献。酒はすすむが、なかなか本題は切り出されない。
「ジョブロさん、あなたには世話になった。俺のような役立たずでもできることがあれば、恩を返したい。なんでもいって欲しい」
痺れを切らしたのは、酒のためか。
「おお、さすがは二つ槍のレッテの舎弟殿だ。じつは、困ったことになっている」
あらましはこうだ。
このあたり一帯をシマにしているジョブロだが、最近いろいろなところでラジドルという男と衝突するようになった。もともとテルビーノという町を本拠地としていたラジドル一家だが、最近役人と手を結んで
「うちの若い者が仕事のケジメに関して抗議にいったんだが、口論になって斬り殺された。だが、相手は役人とつるんでいるから、無罪放免。うちの
よくある新興勢力との縄張り争い。面倒なのは、相手の後ろに役人がいるということか。
「役人が絡んでいると、二度とこのあたりには戻って来られなくなるな」
ジョブロは懐から重そうな小袋を取り出して、テーブルの上をこちらへ滑らせる。
重さからすると、正銀貨二十枚は下るまい。よその町に行くには十分な金額だ。
「殺す相手の名前は」
「カルテイアという男だ。逓送便の事務所で暮らしている」
逓送便の店というのは、レンガ造りの壁に、鉄の格子が窓に入った建物だ。町を歩いている時に目にしたことがある。
「あれでは、夜に忍び込んで殺すわけにはいかない。町中で喧嘩を売ることもできんな」
もちろん喧嘩を売ることはできる。だが、衆人環視の中では役人や兵隊が出てくるはず。
「カルテイアが、この町を出ることはないのか」
ある、というのがジョブロの返事。
カルテイアの妻はアンダイエ出身。殺す相手は、月に一度は妻子を連れてアンダイエに出向く。
馬車に腕利きの護衛を二人乗せ、孫の顔を見せにいくらしい。
任侠の世界に生きるのに、人並みの幸せを求めるとは間が抜けている。腕前は確かだということだから、退役した兵隊といったところか。
裏の世界に疎いものは、なぜ武の達人名人が町の小悪党に敬意を払うのか理解しない。一匹狼ならかまわない。どこかの親分と揉め事になっても、別の場所に移ればいい。
だが、家族を持ち、子を成し、家を建てるようになると、そうはいかない。手段を選ばない相手と戦うのが、いかに恐ろしいことかを知ったときには手遅れなのだ。家族を殺され、家を燃やされればどうしようもない。
師匠のように、それをすべて上回る力があれば別。逆らう奴を全員皆殺しにできる境地に至れば、恐れる必要もないだろうよ。一匹狼なのに、あえて揉め事に口を挟むのは、よほどの物好きなのだろう。自分のことだが。
ジョブロがどうやって情報を集めているのか知らぬが、カルテイアがアンダイエに出発するまでに、さらに二十日ほどの時が過ぎた。
「明日、カルテイアがアンダイエへ向かう」
伝言を受けるとすぐに出立する。すでに旅の準備はできていた。
依頼を受けてからジョブロとは一度も会わなかったし、あれからずっと宿屋に泊まっている。
何事もなかったかのように宿に支払いを済ませると、町を出る。数年は、この町に来ることもないだろう。槍の導きがなければ、アンダイエに進んでいたかもしれないし、カルテイアという男とも別の出会いがあったかもしれぬ。アンダイエに頼まれて、ジョブロを殺す可能性もあった。人の
三叉路まで戻ると、今度は反対の道へ進む。あれからひと月は過ぎている。
道々、平たく丸い石を拾っては手に馴染むかどうか確かめ、しっくりきた物だけを
街道からある程度離れ、見通しが悪く、道幅が狭い場所。これ以上待ち伏せに適したところはない。待ち伏せ場所を決めると、食事だ。晩飯は煎り麦と水筒の水。寒くないので、焚き火はしない。
腹を満たすと、背嚢から細い六組の棒を取り出し、一本の棒に組みあげた。
柄を握ると、片手で軽く振り下ろす。細いが良く
軸の先に、三角錘状になった穂先をねじ込むと、もう一度手応えを確認するように突いてみる。
剛の
ひとしきり槍を試すと、今度は寝床になる木を探す。体を支えられるような、枝振りの良い木を見つけ出した。ここが今晩のねぐらだ。
地面に大身槍の石突きを突き立てると、続いて細い槍も。剣は柄のところに縄を通し、木に立てかける。槍を持っては木の上で眠れぬが、丸腰では不用心。剣くらいは縄で手元に持ってくることができるようにするのだ。
木の枝に体をあずけると、落ちないように縄を体に掛ける。
野宿は久しぶりだ、眠れるだろうか。そう考えているうちに、あっさりと眠りについた。
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