特に理由もないけどイラついた
鍍金 紫陽花(めっき あじさい)
第1話
体操服を忘れた。次の授業は二クラス合同の体育だから、忘れた人は体育館の壁に座り、先生の説教を待たないといけない。俺は先週に忘れてしまったから、今日は周りが話題に出すほど怒られてしまう。俺は学校で目立ちたくなかった。皆と同じ格好をして、そこそこの友だちがいる。それだけが俺の幸福だった。誰かと違うなにかになりたくない。目立てば面白さを求められ、自分の短所を向き合う必要がある。それだけは嫌だ。だから、体育の授業は体操服がないと目立ってしまう。また忘れたのかと話したことない人に言われる。クラスの声が大きい人は距離感が近いから詰め寄ってくるかもしれない。考えれば悪循環で、残り十分が億劫だった。
「そうだ。逃げよう」
クラスの男子は教室の移動を始めた。体育館横の男子更衣室に行列が出来ている。俺はその波に黒い頭で紛れ込みながら、お手洗いに逃げた。
多目的トイレの扉を開けて、鍵を締める。
「どうせ俺のことなんて誰も探さない」
体育の先生は怒りが止まらない性質だ。俺たちを泣かせるためなら性格だって否定してくる。彼の教育は旧式の方程式が敷かれていた。だとしても、俺はクラスで目立たない人間だし、友達は俺の心配を一度もしたことない。気分が悪くて保健室に行ったと言い訳をすればよかった。
男子の群れがすりガラス越しにわかる。尾ひれは一人ずつトイレに逃がしたりするから、彼らの移動が合図だ。
多目的室の扉前で立っていた。すると、俺は家のことを思い出して頭が痛くなる。
昨日の母親は俺が宿題しないことを妹に注意したらお前の仕事じゃないも怒り出した。俺は間違っていないはずなのに何で怒られる。世間はどうも理不尽で俺の都合よく回ってくれない。
そうこうしているうちに、人の波はすぎた。俺は扉を片目ほど空ける。誰も俺のことなんて気にしていないから、急ぎ足で外に出た。
階段を二段も飛ばして降りる。通り過ぎる後輩は急ぐ俺を目で追った。彼らの目を気にするよりも、体育館の外で立たされる方が目立つ。
保健室は教員室から離れたところにあるから、先生にバレないで近づける。そうして、保健室に到着した。
俺はお腹を抑えて背中を丸める。近くの鏡で顔色が良いか確認した。
扉を叩いた。
「はい?」
奥で先生が声を出す。俺はまるで力が残っていないように扉を横にスライドさせた。
「どうしたの?」
白衣姿の先生が弱った俺に目を丸くする。最初の一言で先生を騙さなきゃいけない。
「お腹、痛くて」
「本当? そこに休んでいなさい」
拳を握りたくなった。けれど、喜んだ怪しまれるから、心の中にだけ留めておく。保健室の中に入り、扉を閉めようとした。
「扉は先生が閉めとくから、ベットに行きなさい」
保健室は二つのベッドが用意されていて、窓側はカーテンが敷かれている。既に先客がいたようだから扉側のベッドを借りることにした。
すり足で、丸めた背中を崩さないように進む。保健室の床は柔らかい緑色なのはなぜだろう。消毒液のアルコールが鼻腔をつつくから、胸の奥が締め付けられた。その演技は腹の痛みを本当にさせたのか、ベットに座るまでキリキリとした痛みが走る。
先生は俺が座ったのを見計らう。自身の机から離れ、カーテンに手をかけた。
「いつから痛いの?」
「朝から、です」
「わかった。次の授業は誰?」
「体育です」
「伝えとくね」
先生はカーテンを閉め終わった。俺の演技力は保健室で発揮される。そうして、外と切り離されたことにより、気が緩んだ。俺はほっと胸をなでおろした。
べっどに横たわり布団を置くまでかぶる。ベルトを緩めてブレザーを乱雑に脱いだ。布団の上にかけようとしたけど落下した。ブレザーは靴の上に置かれたけどそのままにする。
「あ、あの」
隣から声がした。声変わり前の男子みたいな。保健室の先生は誰かに電話をかけているのか声が甲高い。
「あの、隣の、人」
「何?」
カーテン越しに彼の姿を夢想する。どうやら俺に用があるらしい。
「体調悪いんですか?」
「ああっ」
「僕も身体が悪いんです。クラスってどんな感じですか?」
彼は説明する。隣の男子はクラスに上がったことがないらしい。教室に入ろうとしたら目線がきになり、保健室に逃げてしまう。だから、勉強も緑色の床でシワシワのおばさんと一緒に学んでいるようだ。
そんな人がいたなんて知らなかった。
「貴方みたいに授業を受けてみたい」
「そうかな。保健室の方が楽だけど」
「ここは何もないですよ。ずっと1人で自分と戦わなきゃいけません。他人と話して紛れないです。僕はずっと不登校だったというレッテルがつきまとい、コンプレックスになるんです」
保健室のセンセイは受話器を置いた。俺はそこで会話を止める。俺が先生ならふたりを静かにさせるからだ。しかし、隣の男子はまだ話し足りないようで声掛けをしてきた。
「よくわからない話だな」
俺は独り言をつぶやく。
先生は隣のベッドに行き、声を注意した。
そこから眠り続けた。隣の男子は夢中に話したがる。その痛々しさに背筋が凍って、ひとりは怖いなと怯えた。俺が彼に評価づける資格なんてないが。
「失礼します。天野はいますか」
保健室の扉が開かれ、俺の名前が呼ばれた。体育の先生が俺を探しに来たようだ。保健室の連絡で、授業を切り上げ立ち寄ってきた。体育の先生は大股で歩くから足音が騒がしい。その響くような音は俺のカーテン前で止まる。
「天野。平気か?」
「は、はい」
「お前の友達が探していたから伝えとく。それに、帰るなら先生にいうんだ」
言葉を失った。体育の先生が名前通り仕事をしている。彼は頭ごなしに批判してくるから、強烈な偏見が付いていた。それは先輩も言い伝えするから高校の伝統と大差ない。
体育の先生は俺を怒らなかった。回避できた安心と、半分は怒られたら反省できたのにという後悔が芽生える。その二つが心を占拠するから吐き気がした。俺は他人に言われた優しさに戸惑っている。
「セ、先生。帰っていいですか」
「わかった」
体育の先生は俺の要望を承諾した。そうすると、カバンが俺のベットまで届けられた。彼らの手を借りて下校することになる。保健室の先生は俺の母親に連絡を入れているようだ。
嘘がバレる痛みよりも、心に荒波がたってしまった。
「ねえ、君」
「なんだ」
隣は俺に話しかける。
「嘘が広がってるね」
俺は返事をしなかった。
学校は親が迎えに来てくれる。車の後部座席を寝転がりながら、母の心配を相槌した。病院は行きたくないと、自分の部屋で寝ると意見を通した。
家について、外が暗くなるまで眠る。
目を開けたら夜だった。
▼
「ご飯できてるよ」
母親は俺の扉を叩いた。俺は腹痛の演技をやめ、リビングの食卓に走る。
座席には妹が既に座っていた。彼女は中学校の下校時刻で帰ってきて、まだ制服を着たままだ。
俺も箸を手にし、コメ粒を口に入れる。テレビはひきこもり少年の更生プログラムが放送されており、知らない大人に頭を触られると同じ恐怖を抱いた。そのテレビは母と妹も見ている。
「あはは」
少年の空回りした努力を家族とワイプが笑う。すると、妹は口を開いた。
「こんな息子を持ったお母さんかわいそう」
「本当にね」
「おい、お前」
米粒が俺の皿にまで飛んできた。
「え?」
「ご飯が飛んでんだよ」
妹は俺を無視してきた。拳を作って机を大きく叩く。
「もう。うるさいって!」
母親は俺の目を見て話した。いつもは目が合わないのに、感情が顕になると黒目が相手を写す。
「仮病使って休んだくせに楯突かないの。アンタはいつまでそうやって甘えて過ごすの。妹は夢を見つけて、習い事を頑張っているのに、あんたは何もしないじゃない!」
「うるさい!」
勢いに任せて家を出た。
米粒なんてどうでもいいと親に見抜かれてしまう。その恥ずかしさがいたたまれなくて、逃げるしか手段がなかった。だからといって行く宛はない。
俺は町内を歩き回って疲れた。近くの公園に入り、ベンチに腰掛ける。
「月が出てる」
流れる雲が月を隠そうとした。天気予報では明日に雨が降るようだ。その予感さえしない綺麗な黒色だ。
「あれっ。なにか聞こえる」
公園に複数の人間が入ってきた。彼らは髪を刈り上げ金色のネックレスをしている。手にはお酒とビニール袋が下げられていた。
「おい、ここで騒ぐぞ!」
「おう。お前、あれやれよ!」
「またっすか?」
ベンチの近くはフェンスが設けられている。片足で乗り越えられそうな高さだ。
脱兎のごとく逃げ出して、また居場所をなくした。警察に補導されるのが怖くなる。
俺は家へ帰った。玄関を開けたら妹がたっている。
「なに」
「ご飯冷めちゃうよ」
「うるさいな」
「高校は寮付きのところ行くから、それまで我慢してくれない?」
「わかってるよ。高学歴はいうことが違うな」
こんなこと言ったって変わらない。ますます俺が惨めになるだけだ。
食卓に戻って、箸をとった。
ご飯が冷たかった。
特に理由もないけどイラついた 鍍金 紫陽花(めっき あじさい) @kirokuyou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。特に理由もないけどイラついたの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます