第687話 初めての

……だって、いっぱいあるし。

何と言ったって元はせいぜいDランクそこそこ程度の魔物の魔石。ひとつくらい、あげたっていいと思ったんだけど。

オレはほっぺをさすってふて腐れる。リンゼと一緒にいると、オレの顔がそのうち下ぶくれになってしまいそうだ。

「最高品質の魔石って言うから……それならお礼にいいかと思ったのに」

星持ちのリンゼへのお礼なんて、他に思いつかないんだけど。

「最・高・品・質、の魔石をちょっとした礼に渡されてたまるか! お前はもっと常識をわきまえろ!」

もう入学して3年を過ぎ……身についてきている常識について、今さら言われるとは思わなかった。そんなこと言うの、リンゼぐらいじゃない?


『それね……常識が身についたっていうか。他の要因があるっていうか、ね』

『まわりが慣れただけ』

せっかくモモが濁した台詞を、ぐっさりと蘇芳が突き刺してくる。

そんなこと……そんなこと……。

いや、待ってよ? 慣れたっていうことは、それこそが『常識』という概念に成り代わろうとしているってことじゃないかな。

『なるほど! 主こそが常識ぃ!! 我こそが世の摂理ってやつだな?!』

『おやぶ、かっこいい! あうじ、しゅてきよ!』

『どんな暴君だ』

やめて! なんか心がむず痒くて居たたまれない! あとチャトに暴君って言われたくないんだけど!


「じゃ、じゃあリンゼは何をお礼にもらったら嬉しいの?!」

内側から散々えぐられている精神など知るよしもなく、リンゼはオレの勢いに訝しげな顔をする。

「礼をもらうような事はしていない。お前、俺たちに何をしたか忘れたのか? 何の礼も受け取らないくせに……」

「え? 色々受け取ったけど……」

詳細は聞いたけど忘れた。全部執事さんやエリーシャ様がなんとかしてくれているはずだし。

確か魔族側からも、こっちの国からも報償的なものが寄越されていたと思う。だってカロルス様から『俺らが保管しておくだけだからな?! お前のだからな?!』ってじっとりした視線を受けた気がするもの。だけどあの時はカロルス様たちにも活躍してもらったんだから、ロクサレンのもので間違いない。いらないなら村に銭湯でも作ればいいと思う。


「お前が受け取ったのは報償だろうが。収納の魔道具だっていらないと言うし、俺たちからは結局何も……」

どこか悔しげに視線を落としたリンゼ。

「だって、魔族側全体から受け取ってるのに、また個別にもらっちゃダメだと思うよ。それに、言ったでしょう、調味料なんかの方がいいって! オレ、報償よりずっとずーっと嬉しいものをいっぱい見つけちゃったんだよ!」

これ以上を望んだら罰が当たっちゃうよ!

ココアも出来たし、カカオパウダーがあればチョコ風味のものが作れる! そろそろカレーも理想の味に近づいている。洞窟へ転移すれば、ウーバルセットの美味しいお肉は安定して入手できそうだ。スパイスは網羅し切れないくらいの種類があって、ジフが目の下に隈を作るくらい夢中になっているんだから!


「それはお前が自分で見つけたものだろう……本当に料理が好きなんだな」

にこにこ上機嫌で想いを馳せていると、リンゼがため息を吐いて苦笑した。

「昔はそこまで好きでもなかったはずなんだけど、不思議だね」

だってみんなが美味しいって言ってくれるからだよ。すごく喜んでくれるんだもの、そりゃあ好きになっちゃうよ。

「昔ってお前、赤ん坊だろうが」

「ちがっ……いや、違わないけど!!」

だけど、いつからこんなに好きになったのかな。

いつからこんなに作るようになったんだっけ。


「そうか、カルボナーラ……」

そう、オレが一番最初に作ったもの。それは、せめてものお礼だった。美味しいものが食べたいっていう下心は大いにあったけれど。

何も満足にできない幼児の身体でも、料理はできた。ジフが手伝ってくれたものの、あれはオレがいなきゃ作れないもの、オレだからできるものだった。

今でも覚えている。

見たことのない食べ物を、心から美味しそうに食べてくれたカロルス様の顔。

ドキドキしていた胸が、花咲くように温かく軽くなったこと。

お店を開けるぞって、また作ってくれって、言ってもらった。

これからも厨房を使っていいって言ってもらった。

なんでだろうね、オレが作ったものを食べてくれる。美味しいって言ってくれる。この人は、本当にオレの存在を受け入れてくれているんだって思った。

きっと、あの時からオレはお料理が大好きになった。


「カル……なんだ、それは? 何を考えてそんな溶けそうな顔をしてるんだ?」

ふわふわした気分で笑うオレとは反対に、リンゼは少々不機嫌な顔をする。

「お料理の名前だよ。オレがここへ来て最初に作った料理」

「ここへ……? ああ、ロクサレンにか?」

リンゼたちはオレとロクサレン家に血の繋がりがないことを知っている。ほんの少し、気まずそうな顔にくすりと笑った。

「そう。お世話になってるお礼がしたくって。オレのいた国では色んなお料理があったから、ちょっと物足りなかったのもあるんだけどね」

「なるほど、カロルス様に作ったのか。それならまあ、納得だ」

鷹揚に頷いたリンゼは、一体何だったら納得いかなかったんだろうか。


ふいに馬車の速度が落とされ、緩やかに止まった。前へ傾く身体は、すっと伸びてきたリンゼの腕が支えてくれる。普段乱暴な割にさりげない気遣いは、さすがの星持ちさんだ。

「着いたか」

ちらりと外を確認して身軽に降りたリンゼが、続いて降りようとするオレにわざとらしく手を差しだした。振り払うのも癪に障って、淑女らしく微笑んでスカートをつまむ仕草をしてみせる。

リンゼは途端に顔を赤くして震え出し、してやったりとほくそ笑んだ。

「そ、そんなところでカーテシーするやつがあるか!」

ふむ、ステップの上でやっちゃいけないらしい。でも間違っていても、二度と使わない知識だから別にいいよ。爆笑を堪えるリンゼは、それでも一応優雅にエスコートしてくれ……この三文芝居? はいつまでやればいいんだろうか。


早々に飽きて不自然に置いた手を抜き取り、きゅっと手を握る。

ビクッと大仰に驚いたリンゼに飛び退かれ、オレの方が首を傾げた。

「いやお前、何やってんだよ。恥ずかしいやつだな……」

「エスコートの方が恥ずかしいでしょ?!」

幼児と手を繋ぐのはごく自然な動作ですけど?!

「あー、エスコートはまあ、身に染みついてるからな」

なら、次はアッゼさんにでもやってみてほしい。案外乗ってくれそうな気はするけど。

そのまま並んで店内に入ったところで、ふとリンゼを見上げた。

「あれ? リンゼもお買い物?」

「いや……特に用事もないし、付き合う。お前、トラブルを起こしそうだからな」


アッゼさんみたいなこと言わないでくれる?!

むっと唇を尖らせたところで、リンゼが思いついたようににやりと笑った。

「お前、俺に礼をしたいって言ってたよな?」

「うん。だけど、このお店は食材系しか売ってないよ?」

奢るにしたってリンゼの喜ぶものはないだろう。

「ああ、だから『お前が初めて作る料理』を寄越せ。ここなら食材があるから何かしら作れるだろ?」

「初めて? ああ、ロクサレンに来てから作ったことのないお料理ってこと?」

こくりと頷くリンゼが妙に子どもっぽく見えて笑った。

だけど、きっと高価なものをプレゼントされないようにという気遣いがあるのだろう。

「分かった! じゃあ、一緒にお買い物しよう!」

リンゼが何を好きか、一緒に選んで考えよう。なんだかそれも楽しそうだ。

オレはさっそくその手を取って店内の物色を始めたのだった。



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