第686話 引っ張り新記録への挑戦

「で、お前はなんでこんなところで犯罪者誘引なんてやってるんだ?」

やってませんけど?!

とりあえず路地から出ろと背中を押され、不満たらたらで大通りへと戻ってきた。オレ、王都やハイカリクでは普通に路地裏も行くんだけど? ……まあ、絡まれはするし誘拐もされるけれど。

じいっと食べ損ねたペーズの屋台を眺めていると、リンゼがため息を吐いた。

「そこにいろ」

動くなよ? なんてまるで犬にやるみたいに、こっちへ手の平を向けてじりじり下がっていく。いやいや、そんな一瞬でどこかへ行ったりしないよ?!


「……ほら」

戻ってきたリンゼに押しつけられたのは、あのペーズ。

「えっ? あり、がとう!」

一瞬呆けて、甘い香りにハッとした。わあ、リンゼが優しい……。

ぱあっと浮かんだ笑顔にも、リンゼは変わらず無愛想にそっぽを向いているけれど。

「ねえ、リンゼは? リンゼの分はオレが奢るよ!」

勢い込んでそう言うと、にべもなくいらんと言われてしまった。それなら、分けっこしよう!

彼を引っ張ってそこらの段差に腰かけようとしたところで、馬鹿、と怒られてしまう。

むっと頬を膨らませるオレへ再びため息を吐いて、リンゼは片手のブレスレットに触れた。

そう言えば、彼は貴族然とした格好をしている。なるほど、これは地べたに座っちゃいけないやつだ。

ああ、だからさっきのお兄さんは慌てて逃げて行ったのか。ミラゼア様やリンゼって結構有名だった気がする。


「それ何? 魔道具?」

「そんなものだ」

ほんのりと魔力を感じるブレスレットを見つめていると、リンゼが何かに応じるように片手を上げた。

途端に、すぐそばへ馬車が止まる。

「わ、すごい! 馬車を呼ぶ魔道具だったの?!」

「連絡を取るものだ。ひとまず乗るといい」

これはリンゼの家紋なのかな? 馬車はいかにも個人用の小さいもので、ベンチのように並んで座る二人掛けになっていた。

促されるままに乗り込むと、なんだか遊園地のアトラクションみたい。


「ここなら食えるだろう。どこへ行くつもりだったんだ? お前はトラブルを起こしそうだからな、送ってやるよ」

なるほど、周囲はちゃんと囲われているので室内感がある。物珍しくてきょろきょろ狭い車内を眺めていると、リンゼがペーズを取ってくるくるかき混ぜ始めた。

「お外で食べちゃダメなの?」

「お前も星持ちだろう? 不作法だぞ、ましてや他人にあんな風に……」

これはリンゼがお堅いんだろうか、それとも魔族の星持ちはこんなものなんだろうか。ひとまず、アッゼさんやミラゼア様と屋台で食べたことがあるのは黙っておいてあげよう。

ブツブツ言いながらペーズを混ぜる手が止まり、無言で差し出された。面倒見がいいんだか悪いんだか、くすくす笑ったオレは、ふと悪い顔をした。

馬車の中だったら、『他人にあんな風に』でも許されるんじゃない?


オレはペーズを持つリンゼに向かって、あーんと口を開けてみせる。

ほら、リンゼだって不作法、やってみたらいいんじゃない? ちなみに人に食べさせるのって、割と楽しいんだよ?

「なっ! ばっ……」

案の定慌てふためくリンゼに、してやったりとほくそ笑みつつ、無意識に持ち上がった手元を狙った。

「あ……何これ、面白いね! おいしい!」

チャンスを逃さず、下からすくい上げるようにぱくりとやって目を瞬いた。てっきり氷のように固くなっているものだと思ったけれど、口へ入れるとほろほろととろけていく。

とろみのある冷えた果汁が口の中へ甘い芳香を広げて、こくりと鳴った喉がひんやり心地いい。

目を輝かせて見上げると、それどころではないらしいリンゼの表情に気付いて大笑いした。

まるでエルベル様みたいだよ?


「…………」

「ひたいひたい!」

無言で両頬を引っ張られ、涙が浮かぶ。まだそんな赤い顔をしているくせに、乱暴なんだから!

「……お前らのところでは知らんが、こっちではソレは普通、恋人がやるものだぞ!」

怒ってるのか、照れてるのか、一体どっちだろう。多分、どっちもかな。

「そうなの? オレたちは仲良し同士でやるよ!」

うん、ウソじゃない。多分、魔族の国でもそう変わらないと思う。だってアッゼさんにやったもの。

ただ、リンゼが『あーん』を他の人とやったことないだけ。

オレはしょっちゅうやってるよ。受け入れてもらえると、少し距離が近づいたみたいで嬉しくなるんだよ。

だから、ほら。

「はい、あーん」

ね? 仲良しだもんね?


狭い馬車の中でリンゼが思い切りのけ反ったせいで、ごつんと良い音がした。

そうなるだろうと思った。けど、甘く見ないでもらおう。こちとら執事さんにだって『あーん』をするのだから、リンゼなんてまだまだ赤子の手を捻るようなものってやつだ。

「あっ、垂れちゃう! リンゼ!」

ずいと差し出して慌てた声をあげれば、その口元は思わず、といった風に微かに開く。すかさず口内へ滑り込ませれば、ミッション成功だ。

「おいしい?」

堪えきれずに浮かべた笑みは、どうやら純真無垢な微笑みにはなっていなかったらしい。

再びオレの両頬は引っ張りの新記録へ挑戦する羽目になったのだった。



どうやら、目当てのお店は案外遠くにあったらしい。

オレは乗り合い馬車よりずっと少ない揺れに背中を預け、軽い車輪の音に耳を傾けている。

「あ~、痛い」

残ったペーズでほっぺを冷やしつつ、じとりと紫の瞳を見上げた。

「お前が悪い」

じとりと同じような視線が返ってきて唇を尖らせる。

ほんの些細なイタズラじゃないか。まったく、心が狭いんだから。


「リンゼは何か用事だったんじゃないの?」

「さっきすませたところだ」

だから、近くに馬車を待たせていたらしい。さすが貴族、いや星持ちだ。オレみたいに歩き回ろうという発想はないらしい。

「お前は、ショクラを買うためだけにやって来たのか? アッゼ様は便利な道具じゃないぞ」

またもお小言をもらいそうになって首をすくめた。アッゼさんは使ってないけれど、オレは多分ショクラを買うためだけに彼を呼ぶとは思う。

「あ、そうだ! それだけじゃないよ、イリオンに会えるかと思って! イリオンどこにいるか知ってる?」

むしろ本来の用事はこっちだったような気もする。ミラゼア様に聞けば分かるだろうと思っていたけれど、リンゼがいるならちょうどいい。


「……なんでイリオンだよ。お前、仲良かったか……?」

ぐっと眉根を寄せたリンゼが、訝しむように視線を険しくした。虚勢を張るように組んだ腕からちらりと魔道具のブレスレットがのぞく。

「魔石を見てもらおうと思ったんだけど、もしかしてリンゼも分かる?」

クラスメイト用の魔石をひとつ取り出してみせると、リンゼは毒気を抜かれたような顔でそれをつまみ上げた。

と、みるみるその表情が真剣なものになり、これは何を言われるのかとこくりと喉を鳴らした。


「これは――どこ、いや何から採れた魔石なんだ?! こんな高純度の美しい魔石、滅多にお目にかかれない……。俺でも分かる、最高品質だろう」

「え、そうなの? 何から採れたのかは……し、知らない」

多分、元はそこらの魔物だと思う。

「お前たちの国には、こんな魔石が溢れているのか」

「う、うーん。溢れてはいないかな……」

うっとりと魔石を眺めるリンゼから目を逸らしつつ、最高品質と言うなら使えるのだろうと結論づける。

「これが使える魔石なら良かった。じゃあ、イリオンに会わなくてもいいや」

「使えるも何も、何に使っても最高のものになるだろう。魔道具を作るなら、職人を紹介するが」

ありがたい申し出だけど、にっこり笑って首を振る。

「ありがとう。だけど、ラキに作ってもらいたいから!」

「ああ。加工師の仲間か……」

ほんのりと残念そうな顔で、魔石をオレの方へ差し出した。

「リンゼそれいる? あげるね」

こうして馬車に乗せてもらって、お店の場所まで連れて行ってもらうし、こうして魔石のことも聞けた。

ちょっとしたお礼のつもりでにこっとしたオレは、その後三度酷い目に合ったのだった。




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