第685話 狭き門
「ええと、来たはいいものの……イリオンがどこにいるか分からないよね」
あと、用はないけどアッゼさんにも声をかけておかないと、彼の転移でこっちに来てますよ~という万が一のアリバイ工作ができない。
――任務についているから分かるの。お手紙書くといいの!
「本当? じゃあ、お願いするね!」
アッゼさんは遠距離転移しちゃうので、探し当てるのがとても難しい。だから、管狐部隊が交代で彼のそばへ……というか肩へ貼り付いているらしい。
……よかった。
オレは自然と口角を上げて、ふわりと笑った。
管狐部隊がついていれば、彼は独りじゃない。
いつだってオレたちと繋がっている証。
彼はきっと不満たらたらの顔をして文句を言っているんだろう。だけど、そっちの方がずっといい。ふとした拍子にその表情を掠める、心細げな青年の顔は、オレの胸をきゅっとするから。
「そっか、誰にも捕まえられないのって、寂しいことかもしれないね」
どこにいるのか分からなくて、今見た場所に次の瞬間いない。それって、とても自由で、とても希薄。
彼が世界からいなくなっても、きっと誰も気が付かない。
「……やっぱり、アッゼさんはちゃんと守ってあげなきゃいけないね!」
大丈夫だよ、ちゃんと見つけられる。もし管狐部隊がいなくたって、絶対にオレが見つけてあげる。
それと――
「ふふっ! マリーさんと、特別な繋がりができたらいいのに」
どうしてだろうか、マリーさんなら彼を見つけられる気がする。
まったく、アッゼさんってば、あれじゃあ先が思いやられるよね! 独り荒野でぼうっとしているなんて、もっての外だよ。
そうだ、オレが……えっと、ラキに聞いてアドバイスしてあげようかな!
そうだ、チョコがうまく出来上がったら、最初にアッゼさんにあげようか。それで、マリーさんにプレゼントしてもらうの。
アッゼさん、どんな顔をするだろうな。マリーさんはきっと渋い顔をする。だけど、きっと、本当に嫌ってなんかいないんだよ。
「よし! じゃあまずはショクラの仕入れだ!」
オレはラピスに手紙を託し、魔族の町へと繰り出したのだった。
「えーっと、確かこっちの方だったかな……? あっちだったかな……?」
『ぼく、出られたらすぐ分かるのに』
シロがきゅーんと鼻を鳴らして申し訳なさそうにする。だけど、さすがにシロが出てくると目立ってしまうから。
人って、本当に右往左往するんだな、なんて他人事みたいに考えてみたけれど、事態は一向に改善しない。そりゃそうだよ、しばらく過ごしていた王都でさえ迷子なのに、数回来ただけの町を覚えているはずがないよね。
ここはミラゼア様の領地内、バルンの町。ミラゼア様とアッゼさんとオレ、3人でいっぱい歩いたし、買い物もしたから、大丈夫かと思ったんだけど。
『主なんだから、大丈夫なわけないと思うぜ!』
『あうじ、大丈夫なわけわいらぜ!』
全然分かってないアゲハが、チュー助を真似て腕組みしている。
いや、もうちょっと頑張ったら分かるかもしれない。だけど、こうしてちょこちょこ通りを行ったり来たりしていても埒があかない。
「よし、じゃあもういいや!」
潔く声を上げて、オレは男らしく……諦めた。
探すからダメなんだよ! うん、ここは初めて来た町。だから、通りに沿って順番にお店を見ていこう。
『思い切りの方向さえ迷子ね……』
ふよふよ揺れるモモにそ知らぬふりをして、食材を売っていそうなお店を探してウインドウショッピングを始めた。
「あっ! 見て見て、ここお野菜売ってる! わあ、不思議な形」
販売品は似通った物が多いとは言え、お店のつくりからして見慣れた町とは違う。
3店舗目から既に足が止まってしまい、まるで素材店に入ったラキ状態だ。
しびれを切らしたモモたちに怒られ、渋々通りに出れば、思ったよりお日様の位置が変わっている。この分では下手すると町の入り口で今日が終わってしまいそう。
「ひんやり甘くておいしいよ! 今日はモモリだよ!」
威勢の良い声につられて屋台を見上げると、カップに入った飲み物らしきものが売られていた。ちょうどお兄さんが支払いをすませてカップを受け取っている。
「それ、なあに?」
甘い香りに惹かれて、ついお兄さんに声をかけた。
「え、今日はモモリだって……うわ」
何気なく答えたお兄さんがオレを見下ろして、少し目を見開いた。
微かに呟いたのは、『可愛い』だろうか。
可愛いかな? オレは首を傾げて自分の姿を見下ろした。大丈夫、今日は特別な格好をしていないと思う。
「あのね、モモリってなに? ジュース? オレ、見たことないの」
まあいい、悪印象でないなら儲けもの。オレはここぞとばかりに幼児スマイルで何も知らないふりをする。
「あ、ああ。モモリは果物で、これはペーズだよ。モモリのペーズ。食べてみるかい?」
お兄さんが微笑んで手を差しだしたので、思い切り頷いてその手を取った。
ジュースじゃなかった! 覗き込みたいけれど、カップを握る手は随分高い位置にあって見えやしない。
じいっと見つめる視線に気付いたのか、お兄さんが苦笑してそばの路地を指した。
「向こうで座ってゆっくり、と思ったけど。まずはひとくち、食べてみる?」
ぱあっと笑うと、お兄さんも相好を崩してカップをかき混ぜた。
通りの邪魔にならないよう路地へ身を寄せると、お兄さんは慣れた様子でカップを混ぜる。そして、かき混ぜながら……魔力を?
「見せて!」
「お、おい」
堪らずぶら下がるようにしてカップを引き寄せると、淡い橙色のどろりとした液体が見えた。これをくるくる混ぜながら、ささやかな魔力を流して冷やしているらしい。
「ほら」
目を輝かせて見つめていると、スプーンだと思っていた柄を持ち上げてみせてくれた。
「わ! すごい!」
液体に浸かっていた部分は、まるで結晶のように淡い橙色のものがくっついていた。セルフで作って食べる、アイスみたいなものだろうか。
さすが魔族の国! こんな風に日常的に魔力を使う機会があるなんて!
大いに感動しつつ、期待に満ちた視線を向ける。
「……ほら、口開けて」
笑みを浮かべたお兄さんが、ちゃんとペーズを差し出してくれた。
いざ大きく口を開けようとしたところで、ふと通りからの視線とかち合った。
「――え? お前……」
彼は驚愕にまん丸な目をした後、お兄さんに視線を走らせ、もう一度オレを見て表情を険しくする。
とりあえず、ペーズを食べてから……と思ったのに、彼は通りから駆けてきて前に回り込んでしまった。
「あ、ちょっと!」
抗議の声を聞く耳も持たず、じろりとオレを睨んでから、お兄さんをも睨み上げた。
「……俺の知り合いなんだけど。あんた、誰?」
頭ひとつ小さい相手に、お兄さんはなぜか大汗をかいて両手を振っている。
「い、いえ! 僕は何も……!! 失礼します!」
慌てて走り去っていくお兄さんを見送り、キョトンと目を瞬いた。どうしてそんな、逃げるように……。
困惑して目の前の背中を見上げると、彼は大きなため息を吐いてくるりと振り返った。
「お前なぁ……なんでここにいるんだ?! なんであんなのに餌付けされようとしてんだよ?!」
え、餌付けって。
「久しぶりだね、リンゼ! 遊びに来たんだよ。あの人はね、ペーズをくれようとしたの。悪い人じゃないよ!」
会えた喜びに満面の笑みを浮かべると、リンゼはぷいと視線を逸らしてしまう。
「アッゼ様は? ひとりで町に来るな、危なすぎる。なんで悪い人じゃないと思った……明らかに怪しいだろう」
そうだろうか。別にキースさんみたいに強面でもないし、ジフみたいな山賊顔でもないし、シュランさんみたいに悪いことしてそうでもなければ、ましてやガウロ様みたいなラスボス感だって……おや。
愕然として目を瞬いた。
オ、オレのまわりって――悪人面が多すぎる。
もしかしてそのせいで、怪しい人の基準が壮絶に高いかもしれない。これでは相当な高得点を取らなくては、悪人たり得ないかもしれない。きっと偏差値80越えあたりを目指さなくてはいけないんじゃないだろうか。
「あれ? ということは、さっきの人って悪い人?」
ハッとしたオレに、リンゼのじっとりした視線が突き刺さったのだった。
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近況ノートに書いたんですが、すごくいいのがあったんですよ!
ぜひ読んでみてください!!
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