第683話 建前とついで
「なあユータ、魔石はお前が用意するって聞いたけど、本当に大丈夫なのか? ウチ商家だし、頼めば援助とかできるかも」
「そうよ、全員分の魔石でしょう? 予備も入れれば相当じゃない? ゴブリンとかホーンマウスの魔石ぐらいならあたしも渡せるんだけど……」
眉を下げたクラスメイトたちに詰め寄られ、本日午後から登校したオレは流れる汗を拭った。
それもこれも、ラキが教室で作業していたせいだ。
手慣れる必要があるとか言って、休憩時間に指輪の原型を作ったりするもんだから……!
「あ、う、え、その、全然大丈夫!! ロクサレンのみんな強いからね! 魔石なんて簡単に集められちゃうの! この間も辺り一面焦土になったし!!」
すっかり忘れていたなんて言えるはずもなく、オレは必死に笑みを浮かべた。
「焦土……それは、いいの?」
「さすが、ロクサレン……」
おののく表情は、きっと賞賛だと受け取って胸を張る。
実は、以前まではAランクの英雄と言えど、地方では誇張された一昔前のお話くらいに思われていたそう。カロルス様もああなので、ちゃんと英雄の威光があるのは王都くらいだったとか。
だけど、どうしたことか最近ロクサレンが日の目を浴びることが増えたらしい。
『せっかく目立たなくなってきたってのに!』と、カロルス様は大変遺憾のようだけども。おかげで、今も変わらないその実力が浮き彫りになりつつある。
『お前が来たばっかりにな』
『お気の毒ねえ……トラブル発生器を置いても大丈夫なのが、きっとロクサレンだったんでしょうね』
トラブルはオレのせいじゃないんですけど! じとりと視線を向けるチャトと諦観の表情で揺れるモモ。だけど、確かにカロルス様がいたから、オレはこうして無事にのびのびと生きていられるのは事実だ。
申し訳ない、とは思うけれど、今のオレはちゃんと分かっている。
「だけど、カロルス様たちはオレが大好きだもの! いいことだよ!」
ふわっと頬が上気する。
決して、迷惑なんかじゃない。だってオレは、大好きな人を迷惑だなんて思わないもの。
『それはそう』
『うん! ぼくだってゆーたがいると嬉しいもの!』
蘇芳とシロの同意を受けて、にっこりと笑う。
オレは、ちゃんと受け止められるようになった。誰かから好かれてるってこと、それを受け取るにもちょっぴり勇気がいるんだなと思う。
むしろ、嫌われているのを受け入れる方が簡単なのかもしれないね。
ああ、だから彼はあんなにも頑ななんだろうか。いっぱい渡しても中々素直に受け取ってくれないのは。
だけど、最近よく言う台詞がある。それ、オレは嬉しいよ。
よし、行こう。だって……そう、魔石を作らなきゃいけないしね!
ちょうどいい建前があったことにくすりと笑って、オレはいそいそと学校から帰ったのだった。
「――と、いうわけで! 来たよ!」
ばふーっと身体を投げ出して、心地良い毛並みを全身で堪能する。暖かい木漏れ日の下にあった漆黒の被毛は、冷たい所あったかい所がまだらに散って面白い。
顔を埋めて吸い込んだ香りは、ルー独特のものだ。
「……どういうわけだ」
当然のように金の瞳を眇めて睨まれるけれど、細くなった瞳も金が凝縮されたようで美しい。
「あのねえ、ルーに好きだよって言おうと思って!」
あ、せっかく建前を用意したのに。
まあいいか、とぎゅうっと両腕に力を込めてほっぺをすりつけた。ああ、艶やかな毛並みがすべすべする。
いつものように彷徨う視線を捕まえて微笑むと、さっそく口を開いた。
「うるせー!」
途端にしっぽがオレの顔を覆って、出ようとした言葉を押しとどめる。
「まだ言ってないでしょう!」
「てめーはいつも言ってるだろうが!」
落ち着かない耳とそっぽを向いた顔を見上げ、にんまり笑う。
うん、それ。
聞こえないふりじゃなく、聞き流すでもなく、ちゃんと受け取っている証。
いつもオレが言っていることを、ちゃんと受け入れた証。
「そう? じゃあ今日の分!」
――大好きだよ。
そんなに身体を固くしないで。
カロルス様みたいに『おう』って照れくさく笑ってくれる日は、いつか来るだろうか。
だけど、ちょっと想像できなくて笑ってしまった。
いっぱいあげるからね。またか、って顔をしかめるくらいにはいっぱい。
そうだな、きっとルーなら『……ああ』って言うだろうか。
もう分かった、って顔で面倒そうに。きっと、そう言うだろう。
そんなことを考えると、オレはもう次の大好きが身体にいっぱい詰まって、もう一度言わずにはいられなくなってしまう。
『――見ろアゲハ! あれが主の必殺、大好き爆弾だ!』
『おやぶ! あえはもれきるよ!』
どうやらチュー助には、アゲハからの大好き爆弾が炸裂したらしい。
本当に必殺技をくらったかのように、どこかぐったりしたルーを見やって頬を膨らませた。失礼だな、こんなに想いを込めているっていうのに。
勢いよくルーの身体に乗り上げて、ふて寝してしまおうかと目を閉じる。
「てめー……本当に何しに来た」
「だから、ルーに……っ?!」
「それはもういい!」
またもやしっぽに貼り付かれ、憮然としたところで思い出した。
「ああ、ついでに魔石を作ろうと思ったんだ」
「ついでにやる内容じゃねー」
じとりと睨まれたけれど、大丈夫、今回は一般的な範囲内に収まるようにするから!
実は、すっごくいいアイディアがあるんだよ。
きらきらの笑みを浮かべてみせると、ルーが鼻白んだ顔をする。
「ねえルー、生命の魔石って珍しいんだよね? どのくらいの大きさなら、あってもおかしくないの?」
「どうせまた余計なことを……てめーの爪くらいだ」
教えてくれないならサイア爺にでも聞こうかと思ったところで、ちゃんと答えが返ってきた。オレの手指の爪なら、ゴブリンや小物サイズだ。
「そっか、オレが今持ってる魔石だと大きいかな。欠片だと小さいし、作ると本末転倒なんだよね」
――ゴブリンの魔石がいるの? ラピス、持ってるの!
なるほど、ラピス部隊は訓練の一環と称して魔物と戦闘したりしているみたいだし、とっておいてくれたのかな。
――ちょっと待ってるの!
ぽんっと消えたラピスは、そういえばどこに魔石を置いているんだろうか。たまに手頃なサイズだと持って帰ってきてくれるのだけど、大きいサイズは持ってこない。絶対大型魔物も倒していると思うんだけど、怒られるからと秘匿されている気がする。まあ、怒るけど。
「ゴブリンの魔石でいいのか。作る……いや、何でもねー」
拍子抜けた顔のルーが、慌てて取り繕った。藪蛇になると思ったらしいけど、大丈夫、魔石を作る目的は忘れていないから。
「あのね、魔族の国で魔石の消却加工を習ったんだよ。その時の方法でうまくいくと思うんだ!」
ルーが訝しげに瞳を細めた時、ラピスがぽんっと現われた。
――狩っ……とってきたの! もっと必要なら――
管狐部隊を引き連れて帰ってきたラピスが、袋からザラザラと様々な魔石を広げてみせた。
「え、こんなにいっぱい?! 十分だよ、ありがとう! ……なんか、大きいのも結構あるけど」
――そこらにいる魔物も巻き込まれたの。何がいたか知らないの。
一体何がどうなって巻き込まれたのかな? 魔石を持っているってお話だったよね?
ラピスたちが妙にツヤツヤしているのは気にした方がいいんだろうか。周囲を魔力の残渣がきらきらしているような気がするのは……そうだね、きっと気のせいだ。
オレはそっと思考に蓋をして、にっこり笑ったのだった。
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