第682話 人生のなんたるかについて
「お店っていいねえ~好きに改造して好きなものに囲まれて~。冒険者の傍ら、そんな生活もいいかも~」
お店作りを案外楽しんだらしいラキが、ほう……と夢色のため息を吐いた。
せっかく帰ってきたけど、この分だと度々王都行きをせがまれそうだ。きっとメンテナンスと称してこまめな改良や改造に勤しむんじゃないだろうか。
くすっと笑いつつ、改造前のお店を思い浮かべた。シュランさんもそんな気持ちでやっていたお店だったのかな? 少なくとも当初は。
そして好きなお酒に囲まれているから、毎日酔っ払うんだろうか。だけど、それならラキだって……
「大丈夫? ラキってば商品や加工に夢中になってお客さんが放置されそう……むしろ店を閉めそう」
「え、え~~と。その~大人になったら大丈夫……なんじゃないかな~??」
あはは、と笑う視線が彷徨っている。
「そもそもお前、素材を他人に売れんのかよ。全部自分のモンにするんじゃねえ?」
「素材を、売る……?」
あ、無理だね。
オレとタクトは苦笑して顔を見合わせた。ブツブツ言うラキの視線は、途端に険しくなって眉間に皺が寄っている。そんな顔で接客されちゃあ堪らないよ。
「……なるほど、じゃあ僕は改造業の方が合ってるかもね~。よし、じゃあますます腕を磨かなくっちゃ~」
ひとり納得したらしいラキは、いそいそと机に向かって素材を広げた。
じゃらじゃらと机から零れそうになったのは、砂利のようなもの。普段ギルドの依頼品は既に形になっているものが多いから、珍しい光景に首を傾げた。
「ねえ、それいっぱいあるけど何作るの? 依頼?」
「依頼は今控えてるよ、こっちに専念したいから~。これが指輪の土台になるんだよ~」
「依頼じゃないのに、そんなにたくさん作るの?」
何気なく尋ねると、ラキとタクトがゆっくり視線を交わしてオレを見た。
「指輪に嵌めるための魔石、どうなったのかな~?」
「確か、俺は魔石集めなくていいって言われたよな?」
魔石……? 指輪……?
困惑顔で二人の顔を見比べて、ハッとした。
「もももももちろん! 覚えてるよ!! そう、魔石ね! 小さいのでいいんだよね?!」
大丈夫、あてはあるから!! 高速で頷いてみせるオレに、二人がなんとも言えない微笑みを寄越す。違う、ちょっとぼうっとしていただけで、忘れたわけじゃ……すぐに用意できるから急がないと思って!
「このくらいの魔石でいいかな?!」
すぐに渡せるんだから! の意図を込めて適当な魔石を取りだしてみせる。
「うん、そのくらい~。多少ばらつきがあっても加工で調整できるから、その倍くらいまでは大丈夫~。でもそれより小さいと杖代わりにはならないかな~」
ふむ、そら豆サイズ前後なら大丈夫そう。指輪にそのまま取り付けたら大きすぎるだろうに、加工師にかかればうまいことやれるのだから不思議だ。
「だけど、指輪だと杖より高価なんでしょう? 加工が難しいからって……ラキ、請け負っちゃっていいの?」
普段はちゃんと依頼料をもらっているのに。
「いいよ~? だって指輪代はもらうから~」
練習代わりに安く請け負ってはいるけどね、なんて肩をすくめてみせる。いつの間に金額交渉していたんだろう、さすがラキだ。
「お前だって魔石代の支払いあるんだから、あんま突拍子もないの持って来んなよ? 損するぞ」
「えっ?!」
驚いて目を丸くすると、ラキが苦笑した。
「当たり前でしょ~? 魔石だよ~? 僕、言ってなかったっけ~?」
言ってなかったよ! 多分!!
どうやら、オレに頼む前にきちんと話はついていたらしい。
魔の祭典に出るクラスには支援金が出るらしく、それとクラス運営のための資金から捻出すれば、割と余裕があるのだとか。
「だって俺ら、実地訓練で怪我しねえし回復薬系も食糧も必要ねえだろ?」
「何ならあまりにも不要すぎて人員も減らされてるみたいだし~?」
そうなの? 確かに我がクラスは今や魔除けすら必要ない。むしろそんなもの焚いたら大ブーイングだ。
万が一の怪我や疲労だって、薬を使う事態になるならオレがやるし。
「僕たちに続いて、Dランクもそろそろ出そうって話だよ~」
さ、さすがドラゴン世代……! この学年でDランクになる難しさは、何も実力だけじゃない。Dランク試験を受けるために必要なポイントというものがあるので、それだけの依頼数をこなすのが難しいんだ。
これはきっと、実力だけで簡単に成り上がれないようにするための措置なんだろう。
必要なのは――経験。
数々の依頼をこなす経験、そして、人生の経験。
力があるだけでは、うまく使えないってよく分かる。
オレが、まさにそう。
あんまり詳細な記憶は残っていないとはいえ、『経験したことがある』という意識は大きなアドバンテージ……なのに。それでも、こうなんだもの。
分かってる、いくらこの世界の人でも、幼児がここまではできないだろうこと。十分、ズルしてるってこと。
……だけど、こうなんだもの。
小っちゃな手を握って開いて、こっそり苦笑した。
ああ、もどかしい。こうして先を焦ってむずむずする心さえ、きっと幼児のものであると分かることが、なおさら苦い。
「何考えてるか分からないけど~。いいよ、大丈夫~」
オレのおでこをつんと突いて、覗き込んだラキが笑った。
オレは、ちょっと瞬いて――少し悪い顔で笑みを浮かべた。
「……これが、オレだと思う? 中途半端で、曖昧で、なんだかよくわからない。もっとうまくやれるはずって思うけど、これで精一杯って気もするんだ」
なにひとつ整えない言葉。素材のままの心を、差し出してみせた。
分からないだろう、何ひとつ。だけど、少しオレの鼓動は早くなった。
「ふふっ! それが、ユータだよ。不安定で、曖昧で、半端で、なんだかよくわからないけど、だけどいつも一生懸命だよ」
「お前、よく分かってんじゃねえか。つまり、お前はひと言で言えばぽんこつなんだよ! ぽんこつのユータで間違いねえよ!」
二人は、なんだかとても嬉しそうに笑った。
釣られてふわりと上がりそうになる口の端をぎゅっと結んで、オレはへの字口を作る。
「そんなの、全然素敵な人じゃない! オレ、もっとこう……良い感じでしょう?! ぽんこつじゃないでしょう! 成績だっていいんだよ?!」
言ったものの、堪えきれずに笑う。
いいか、もう。みんながそう言うなら、オレは今ぽんこつのユータっていう人生を生きているんだろう。
前のオレがどんなだったか分からないけど、今のオレは、こういう人なんだよ。
『主が! ついに自ら認めた! 公認ぽんこつだ!!』
『あうじ、すごいね、ぽんこちゅえらいね!』
……いや、やっぱりぽんこつは返上できるように頑張ろう。
立派なユータを目指して……ああ、そうだ、そうじゃなかった。
ベッドにひっくり返って満面の笑みを浮かべる。
オレはこの世界に来た時から目標があって、目指す人がいて、やりたいこともあった。
地球にいた時だって、それだけ違えば違う人生を歩む『ゆうた』なんじゃないだろうか。
選択って、不思議だ。
いつか、オレの選んできた色は綺麗な曼荼羅になるだろうか。
だけどきっと、綺麗な色でも、汚い色でも、それはきっと見事な模様になるだろう。
『じゃあ、何を選んでもいっしょ』
辛辣な蘇芳の台詞に思わず吹き出して、小さなふわふわを頭上に掲げた。
「うーん、だけど、色が綺麗でも模様が汚いとダメになっちゃうし、色が汚いなら頑張って模様を描かなきゃいけないよ?」
『むずかしい』
大きな耳をへたりと下げた蘇芳は、本当にそう思っているんだろうか。
「難しいよね!」
あははっと笑った心は軽い。オレこそ、本当にそう思っているんだろうか。
「急に、なんの話だよ?」
「人生のままならなさについてだよ!」
寝転がったまま返せば、二人は静かに顔を見合わせて微妙な笑みを浮かべた。
オレ、その顔分かる。ラキじゃないけど分かる。
「ぽんこつ、って思ってる気がする!!」
深遠たる人生について哲学的に考えていたはずのオレは、大層憤慨して頬を膨らませたのだった。
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