第671話 逸れて行く方向
執事さんの魔王っぷりにすっかり忘れていたけれど、そう指輪! ラキに聞いてみなくちゃ。
「どうしたの~?」
思わず声をあげたオレを振り返り、ラキが小首を傾げた。
「ええと、魔の祭典ってオレはクラスみんなで出るものだと思っていたんだけど、魔法を使える人だけ?」
まずは、そこからだ。認識の差を埋めて摺り合わせておかなくてはいけない。
「普通はそうだと思うよ~」
出たいかどうかは別として、やっぱりみんなもそういう認識で――
「俺は出るぜ! 出られるよな?」
「ユータならきっとみんな出られるようにしてくれるんでしょ~? だって、あの時みんな出られる雰囲気で受けてたじゃない~?」
え、そもそもみんなが出るような雰囲気だったじゃない?! 『出たい』って意思表示だったの?!
「うっ……だって知らなかったんだもの」
「できるって思ってるからおかしいとも思わなかったんだろ? ならいいじゃねえか! 俺出てえもん。みんなで出ようぜ!」
簡単に言ってくれる……。まあ、オレもみんな出てもらうつもりでいるけれど。
「つきましては~、ユータにお願いがあるんだけど~」
にこにこと歩み寄ってきたラキが、ひょいとオレを抱き上げて高く掲げた。つい両手を広げたものの、タクトじゃなくラキがこんな風にするなんて珍しい。
ちょっぴりばつの悪そうな顔で、淡い色の瞳がオレを見上げる。
「心苦しいんだけど~、できれば魔石が欲しいなって~。その~、取り急ぎ人数分……」
「お、俺も協力するから! いいよな?!」
二人に真摯に見上げられ、思わず笑った。
「あははっ! じゃあ、オレからもラキにお願いしてもいい? あのね――」
お互いの『お願い』を聞いて、オレたちはひとしきり顔を見合わせて笑ったのだった。
『――ふむ、大魔法とな』
長いヒゲを撫でるチル爺の周囲で、3色の光がくるくると舞う。
『みんなでやるのー?』『たのしそうー!』『やってみたい~』
やるなら、妖精の里の方でやってね? どうせやるなら、ラピスたちも連れて行って存分に発散してほしい。
「お祭りでやるんだよ。妖精さんたちも大魔法はあるの?」
『ないのう。そもそも、ワシらが使う魔法自体大魔法じゃからの』
『えー!』『やりたいー!』『ないのー?!』
抗議するように妖精トリオの光が明滅して、目がちかちかしそうだ。
『おぬしら、細かな魔力操作もできんのに、他人と合わせるなぞできるわけなかろうが。まずはそこから訓練せんことには――』
『ないならいいの!』『しかたないのー!』『それはいいのー!』
途端に散り散りに飛び去った素早さに、呆気にとられてくすくす笑う。残されたチル爺だけが渋い顔だ。そっか、妖精さんは細かな魔力操作が苦手だったもんね。
『じゃが、ぬしが大魔法を放つとなると……ちーっとばかしマズくはないかの? 一帯が壊滅せんかのぅ?』
「オレは参加しないの! クラスのみんなでやる魔法を考えることになっただけ」
『壊滅は否定しないのね』
だって……執事さんのアレを見ちゃうと、そういうこともあるのかなって……。
誤魔化すように、お行儀悪くソファーに飛び込んで転がった。転がり落ちたチュー助がソファーで弾み、パタタッと飛んだティアがおでこに着地した。小さな足裏とふわふわのお腹があったかい。
「あーあ、せっかく色々アイディアを聞こうと思ったのに、妖精さんは大魔法使わないのかぁ」
魔法ならチル爺だと思って、折良く秘密基地へ現われたところを捕まえたのに。
『使わんのう。使えんと言った方がいいかもしれんが。それなら、ほれ、エルフや森人なんかの方が詳しかろうよ。攻撃よりも守りに使うようじゃがの』
そうなの?! オレの知っているエルフは校長先生と、モノアイロスの群れの時に出会ったレイさんくらい。相談はできそうにないから、森人だね! 森人と言えばメリーメリー先生――は置いといて、鍋底亭だ!
勢いよく起き上がったもので、再び転がり落ちたチュー助がご立腹だ。もちろんティアは何事もなかったかのように肩にいる。
「キルフェさんは魔法使いだし、プレリィさんは色々詳しそうだよね!」
少なくとも、メリーメリー先生よりはずっといい。ついでに御神酒も持っていくと喜ばれそう。
小ぶりの瓶に分けた御神酒があと何本あったかと考えて、そう言えば神獣たち以外へのお裾分けもしなきゃと思い出す。縁起物だからね! 少しずつにはなるけど、みんなに呑んで貰いたい。
オレはうきうきしながら鍋底亭へと向かった。
「こんにち――」
……しまった?! 咄嗟に口を押さえ、開けたばかりの扉をそうっと閉じ――ようとした。
「うん、こんにちは!!」
ガッ! と長い脚が突き出され、ビクリと肩を揺らした。悪徳業者のように閉まる扉を脚で阻んでいるのは、案の定プレリィさんだ。
『中から脚を挟むパターンは初めて見たわ』
呑気に揺れるモモを尻目に、穏やかでない微笑みを見上げてこくりと喉を鳴らした。
「あ、こん、にちは……? えーとお忙しそうだから、また今度にしよっかなーと……」
深まる笑顔を見るに、どうやらオレの判断はちょっとばかり遅かったようだ。一瞬見えた店内のあまりの繁盛ぶりが、彼が何を言いたいのか如実に語っていた。
「ふう……やっぱユータ君がいると違うね」
しなだれかかるようにカウンターの椅子へ腰かけ、プレリィさんはやっといつもの笑みを浮かべた。
しっかりガッツリお手伝いして、オレの方もクタクタだ。メイドさん姿のシロだけは、まだ嬉しげに残った食器を引き上げ、椅子を整えている。
「いやぁ、お疲れさん、随分助かったよ! ほら、お礼とお詫びに新作出しだげるからさ!」
カウンターに突っ伏すオレに、朗らかな声と共にお菓子が差し出された。鼻先を特徴的な香りが漂って、思わずガバリと顔を上げる。
「キルフェさん、これって……?!」
「ふっふ、まだ試作だけどね! ちょっぴり大人の味! チビちゃんにはまだ早いかもしれないけどねぇ!」
小洒落たプレートに並ぶのは、ころりと四角く黒っぽいお菓子。もう一度スン、と鼻を鳴らし、大きな一口サイズのそれをつまみ上げた。
マフィンだろうか……その焼き菓子は柔らかいけれどふわふわせず、外側は割としっかりとしている。小さい割に、案外どっしりと重い。
「いただき、ます……!!」
ひとくちで頬ばった瞬間、意外な食感に目は丸く、背筋はピンとなった。
「?!」
お口の中がいっぱいで話せないので、一生懸命二人に目で訴える。気怠げにしていたプレリィさんが、くすりと笑った。
「……いい顔。ああ、これで明日も頑張れるなあ」
忙しく咀嚼するオレの口元を指で拭い、随分と精悍な顔をする。こんな時にそんな顔をするのは、プレリィさんくらいだよ。ここが、彼の戦場だもんね。
ゴトンと大きな音に飛び上がると、調味料の容器が派手な音をたてて転がっていた。
「あ、あたし向こうを片付けてくるから!」
そそくさとそれを拾い上げ、キルフェさんが素早く奥へ引っ込んでしまう。
『あらまあ、いくつになっても乙女なのねえ』
まっふまっふと激しく揺れるモモだけは訳知り顔で、オレとプレリィさんは不思議そうな顔を見合わせた。
「どうしたんだろ……じゃなくて! プレリィさん、これ!! チョコレート?!」
大興奮したオレは椅子を飛び降り、プレリィさんに乗り上げんばかりに詰め寄った。
「ふふ、ユータ君のところではそう言うんだったね? ショクラを使ったお菓子だよ。なるべく渋みと苦みを減らして甘みを強くしてみたんだけど」
「うん! うん!! 苦いけどちゃんと甘くて美味しい!」
もう一つ手に取り、今度はそうっと囓ってみる。四角い焼き菓子の中から、とろりと溢れるガナッシュ状のチョコ。そっか、これはフォンダンショコラだ!
「ユータ君が言うような固形にはまだできないんだけど、これならお菓子として美味しいでしょう?」
「すっごく美味しい! チョコが苦い分、生地を甘くしているんだね」
まだカカオ70%チョコくらいの苦みだもんで、オレのお子様口には少々背伸びした代物だ。でも、ショクラのお菓子利用としてはあまりにも飛躍した1歩だと思う!
「どうやったの?! あ、聞いても大丈夫?!」
「もちろんいい……よ、と思ったけど、この際条件つけちゃおっかなあ?」
イタズラっぽく笑うプレリィさんが、ふいと顔を寄せて囁いた。
「お手伝い、頼める? 空いてる時だけでいいし、シロちゃんだけでも助かるよ」
一体どんな対価を……と構えて拍子抜けた。
「それこそもちろん! そんなのでいいの?!」
「だってそもそもユータ君が持ってきてくれたショクラだしね」
そうだけど、言ってしまえばこの異様な繁忙期を巻き起こしたのもオレが原因でないわけでもなく……。
『主にしか原因はないと思うぜ!』
余計なことを言うチュー助の口にショクラ部分のみを突っ込み、オレはレシピを聞くべくメモを取り出したのだった。
『大魔法はどうした……』
神秘のレシピに夢中になったオレは、チャトの小馬鹿にした呟きも耳に入らなかったのだった。
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