第672話 ひみつの交換

「すごい……どうしてこんな方法を思いつくの?!」

ほう、と感嘆のため息を吐き、オレは星が浮かぶ瞳で彼を見上げた。

「それはまあ、年の功ってやつかな? 世界には厄介な食材が色々あるからね」

ほっそりした指が、柔らかくオレの額と鼻にタッチして顎を弾いた。ほんのりとイタズラっぽい瞳は、とてもそんな年上には見えない。

ああ、オレはここでキルフェさんと出会えた幸運に感謝しなきゃ。きっと彼でなければなし得なかったろう。

目の前にあるサラサラの粉は、ショクラの時より色が淡くなってもうほぼカカオパウダーだもの。

「だけど、たくさん貰ったのにもう残りがこれだけなんだ。伝手があるって言っていたけど、発注しておいていいかい?」

「もちろん! どのくらい必要? これだけ作るのにどのくらい必要なの? オレも欲しいからその分も――」


オレの分も作ってもらう約束をして、ウキウキとお店を出て数歩、ハッと気が付いてもう一度扉を開いた。

危ない危ない、忘れるところだよ!

『思い出したか』

『一応、覚えていたのね……』

チャトにモモ、覚えていたなら教えてくれたっていいんだけど。余計な時にはみんな散々突っ込んでくるのに……。

『言ってもあなた、聞いてないじゃない』

それはその、余計な時の突っ込みが多すぎて聞き流しスキルが発達しすぎた弊害であって……。

『それは、突っ込まれる機会が多すぎる弊害』

蘇芳の辛辣な発言にウッと呻きつつ、やっぱりこれは聞き流す必要があるじゃないかと思う。


「あれ? ユータくん忘れ物?」

カウンターを拭いていたプレリィさんが、気付いて小首を傾げた。

「ううん! これを渡しそびれたと思って!」

「なんだい? これ――っ?!」

小瓶を手に、微笑んだプレリィさんが急に表情を強ばらせた。

薄暗い店内で、見開かれた淡いグリーンの瞳が光を帯びているような気がする。

……そう言えば、キルフェさんは魔力視できそうだったから、プレリィさんもできるんだろうか。ルーの御神酒ほどじゃないけど、これだって魔力的にはほんのり燐光を放っている。

「そのっ、これはね! 機会があって、妖精の里で作られた御神酒を分けてもらったんだよ! 縁起物だから知り合いに配ってるの! それだけ!」

うん、決してオレが作ったわけではございません。急いでそう言ってにっこり笑い、オレも随分したたかになったものだとひとりほくそ笑む。


「……妖精の、御神酒……まさか、実物をこの手にできるとは」

震える手でそっとカウンターに小瓶を置き、大きく息を吐いてオレを見た。

「随分、君が関わった雰囲気のあるお酒だね?」

「えっ?! どうして分かったの?!」

仰天して飛び上がり、オレの目はまんまるになっているだろう。

『主ぃ、そういう時は鎌かけって可能性をだな……』

ぶつぶつ言うチュー助の声もそこそこに、目を細めたプレリィさんを見上げた。

「じゃあ、代わりに……君には僕の秘密をひとつ」

そっと耳元に唇を寄せ、妖しい笑みを浮かべた彼が囁いた。


「……僕は高度な魔力視ができるよ。がどんなものか、魔力の構成から何となく分かる」

なんとなく、だよ? そう言って人差し指を立ててみせた彼の瞳は、ちらちらと虹色の光が見え隠れして研磨された宝石みたいだ。

うっとり瞳に見惚れてから、もう一度驚いた。それって、鑑定みたいなものなんだろうか? 森人はそんな便利な力を持って――いや、少なくともしょっちゅう食材に当たるメリーメリー先生が持っていないことは確実だ。

「普通に持っているものじゃあないね。だから、誰にも言っちゃダメ。疲れるし目立つから新しい食材を見る時くらいしか使わないんだけど、さすがにこれだけ強い力を感じると使っちゃうよ?」

「うん、オレ言わないよ! 大丈夫!! じゃあ、オレも言うね! これ、妖精の里でオレが作ったの! オレは生命の魔力が強いらしくって、なんかこんな風になっちゃったの!」

秘密の交換だね! 嬉しくなって満面の笑みで打ち明けると、なぜかプレリィさんが崩れ落ちてしまった。


「違うよ……ユータくん。さっき魔力視したので十分交換になっていたんだよ……。僕、そんなに秘密満載の情報知りたくなかったよ……お腹いっぱいだよ」

なんだかチル爺みたいだなあと、顔を覆ってしまったプレリィさんを眺めて首を傾けた。秘密の交換、ダメだったろうか。だけどこのくらいの情報なら問題ないよ! 相手はプレリィさんだし大丈夫。

『主は重大な秘密が多すぎるもんなあ』

『もういいんじゃないかしら。少しずつ漏らしていかないとそのうち溢れそうよ』

うん、少しずつオレを知っている人が増えるのは、きっといいことだ。

プレリィさんとの距離がぐっと縮まった気がして、オレは上機嫌で今度こそ店を飛び出していった。

『思い出してなかったか……』

そして、チャトの呟きはやっぱり聞き流していたのだった。


「忙しくなりそうだね! あちこちに行かなきゃ。王都にはお酒を買いに行かなきゃだし、魔族の国へショクラを仕入れに行かなきゃ! ついでにウーバルセットも狩ってこようかな」

どれも食べ物に関わることだから、忙しくても心は弾む。

王都から戻ってきて、まだそれほど経っていないはずなのに、もう随分久しぶりな気がする。シャラにはさっそくココアクッキーを持っていってあげようかな! 苦いって怒るだろうか? シャラってば見た目は大人だけど中身は子ど……あれ? 中身はもっと年経た精霊のはずだっけ。


「ただいま!」

にこにこ顔で寮へと戻ってくると、こちらを向いた二人が柔らかく表情を緩めた。

「おかえり~。楽しそうだね~」

「おかえり! なんだ、いいことあったのか?」

なんだか、お母さんとお父さんみたいだなあ。ついそんな風に考えて吹き出すと、その表情は途端に胡乱げなものに変わる。ひと言も何も言ってないのに、そんなにうまく伝わるものだろうか。

「な、なんでもないよ?! えーと、そうだ! 魔族の国のお話したでしょう? 苦くて黒い飲み物! プレリィさんがそれを美味しくしてくれたんだよ!」

「おお! じゃあ俺も飲んでみてえ!」

さっそく食いついたタクトににっこりして、手早く3人分のココアを準備にかかる。お菓子にするのは時間がかかるけど、ミルクと混ぜて甘さを増し増しにすれば、かなりココアっぽい代物にはできるんだ。


「わあ、いい香りがするね~! これがショクラ~?」

「そう! これは改良版だから、ココアって言っていいと思う!」

オレの手柄じゃないけど、鼻高々にそう言って小鍋の火を止める。もちろん、室内にキッチンなんてないけれど。

小さな部屋いっぱいに広がる上品な香り。それはショクラもカカオも似たようなものなのに、こうも味が違うとは。しみじみあの苦さを思い返していて、ふとオレの顔に悪い笑みが浮かんだ。


「――はい、できたよ!」

にっこり笑みを浮かべてカップを2つ、小テーブルへ載せた。

オレはつい不自然に上がる口角を誤魔化しつつ、自分のベッドへ腰かけて成り行きを見守っている。もちろん、オレのカップは手元に確保してある。さあ、どっちがどっちを選ぶかな?

「おおっ! すげえ、飲み物かと思ったのにクリームだ! 美味そう!」

「ほんとだ~! ……豪華だね~!」

ちら、とオレを見たラキが、素早く片方を手に取った。

そう、わずかな色の違いを誤魔化すためにも、たっぷりクリームを盛ったウインナーココアなんだよ! 

オレはそ知らぬ顔でクリームをすくった。甘いクリームと、甘いココア。これだけ重ねれば、苦みもアクセントだ。


「いただきまーす!!」

さりげなくラキがオレのベッドに腰かけ、タクトから距離をとった時、彼は喜び勇んでカップを口に付けた。にやり、とオレの口元が歪む。

「――っっ?! にっがーー!!」

ふぐっ、と妙な音を響かせたタクトが乱暴にカップを起き、一拍の後に大声が響き渡った。

おお、すごい。さすがタクトだ、吹き出さなかったね! 

「うん、ほろ苦甘くておいし~」

堪らず大笑いするオレの隣で、ラキはにこにことココアを味わっている。


「この野郎っ! お前が飲めよこれ! 俺そっち飲むから!!」

「やだやだ、これはオレの! タクトはそれを選んだんでしょう~!」

想定通りの反応に大満足だ。大丈夫、苦いけどちゃんと飲み物だから! 大人の味ってやつだ。どうしてラキにバレたのか分からないけど、ラキが飲んだら飲んだで後が怖いからこれでよし! 

「飲んでみろよこれ!」

「やだよ! 飲んだことあるもん!」

突き出されるカップからふいと顔を逸らして甘いココアを啜る。ふふん、食べ物と違って飲み物は無理矢理口に入れるのは難しいからね! これも計算尽くってやつだ!

「口移しで飲ませるって手はあるけどね~」

我関せずとゆっくり飲んでいたラキが、ものすごく余計なことを呟いた。

「うっ……だけどそれって俺が口に入れて耐えるってことだよな……」

苦悶の表情で思案しだしたタクトから大急ぎで距離を取る。そんなばっちいショクラ、絶対の絶対にお断りだ!!

『迷うのはまずそこなのね?』

ちゃっかりラキの膝で揺れるモモが、ぬるい視線でオレたちを見守っていた。


だけど、オレはひとつミスを犯していた。

翌朝、すさまじい苦みと共に目を覚ましたオレは、あの時残りのショクラを取り上げていなかったことを大変後悔したのだった。




ーーーーーーーー


「ちゃんと」スプーンでね!!

そもそもタクトがそんなことできるわけない……ラキじゃあるまいし(笑)


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